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第8話

 〜2日目〜


 素人探偵の推理は、本職の刑事から認識の誤りを指摘され、ぐうの音も出ないダメ出しをされてしまった。


「1つ目の浴衣の件に関しては、友だちのお気持ちであって根拠に乏しい。2つ目のSNSの書き込みについては、本人のスマホから投稿されたことがアプリを運営している企業の通信履歴から判明している。彼女は、その友だちが知らないアカウントで遺書めいたメッセージを書き込んでたってことだな。そして、3つ目の水死体の件に関してだが、遺体が死後すぐに発見された場合は、全身が膨らんだりはしない。彼女の身体が綺麗に保たれていたのは、そのためだろう」


 憲二さんは、ボクを論破したあと、そうめんと野菜の煮浸しを肴にビールをあおり、贔屓チームの勝利を見届けてから入浴し、そのまま寝室に行ってしまった。

 同級生が亡くなったこと、クラスメートと彼女の家を訪れたこと、その場で家族や担任教師と話し合ったこと、そこから得た情報で自分なりに推理を組み立てたのだけど、その考えは、プロの目からすれば、稚拙なものだったようだ。


 ただ――――――。


 憲二さんは、


「結論が間違っている訳じゃないが……」


と言っていた。


 警察も、葛西稔梨かさいみのりが自殺したわけではない、と考えているのかも知れない。


 そんなことを考え続けていると、頭も身体もたっぷりと疲労感を抱えているはずなのに、なかなか寝つけず、ようやく睡魔が襲ってきたのは、空が明るくなり始める頃だった。


 そのまま心地よく眠りに着けたと思ったんだけど、数時間もしないうちに、枕元で安眠を妨げる音が鳴り始めた。


 木琴が奏でる甲高いLANEの通話着信音で目が覚めたボクは、応答ボタンをタップして応える。


「お掛けになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめになってお掛け直し下さい」


 それだけ言ってから、終話ボタンをタップして、もう一度タオルケットを頭から被り直す。

 しかし、相手は懲りずに、すぐに再度の通話を試みてきた。


「ただ今の時間は、営業を終了しております。 営業時間は月曜から金曜の午前9時〜午後6時まででございます」


「ふざけないで! どうして、LANEの通話に電話番号とか営業時間があるのよ?」


 耳に入ってきたのは、昨日、葛西稔梨の自宅に案内してくれた同じクラスの女子生徒の声だった。

 ボクは、念のため、寝不足気味の頭でスマホのディスプレイに目を向け、通話相手を確認してから応答する。


「おはよう、湯舟。いま、何時なんじかな?」


「7時すぎだけど?」


「そっか、じゃあラジオ体操が終わったら、起こしてくれないか?」


「これ以上、野田くんのくだらない冗談に付き合ってられないから、本題に入るね。稔梨みのりのことは、なにかわかった?」


 寝起きのジョークにすら付き合ってくれない同級生に心のなかでため息をつきつつ、ボクは、あたらしくわかったことについて答えることにした。


「ボクやキミの推理は的外れだったかも知れないけど、警察も葛西は自殺していないと考えているかも知れない」


「そうなの?」


 彼女の声には、驚きとともに、親友が自ら命を絶ったわけではないという安堵の気持ちが含まれているようにも感じられた。ただ、次にボクが発した一言は、クラスメートの感情をさらに揺さぶってしまったようだ。


「あぁ、ただ、検死の結果、どうやら彼女は妊娠していたらしいんだ」


「えっ!? 妊娠? 稔梨が? それって、ホントなの?」


「あぁ、ウチの叔父がボクにウソをついているのでなければね……」


「相手は? 相手は誰なの!?」


「さぁ、警察もそこまで掴んでいるかどうか……少なくとも、叔父さんのところにまで情報は降りてきていないらしい」


 そこまで答えると、湯舟は少しだけ間を取ったあと、ボクにとってありがたくない申し出をして来た。


「ねぇ、野田くん。詳しい話を聞きたいんだけど? 今日、これから会えない?」


「―――それは、難しい相談かも。今日は、朝から予定が入っているんだ」


「予定って、どんな?」


「叔父さんの朝食作りに、掃除、洗濯。終わるのは、早くて昼過ぎかな?」


 相手が申し出を取り下げてくれることを願いながらそう答えたものの……。


「わかった! その言葉がホントかどうか、いまから、確かめに行かせてもらう!」


 ボクの乙女の祈りのような繊細な願いは、儚く散ってしまった。


 えっ? おいおい、ちょっと待って!


 ツッコミを入れながら、返答する前に、湯舟敏羽ゆふねとわは、通話を切ってしまった。


(おいおい、マジかよ……)


 そもそも、彼女は、ボクの自宅の場所を知っているのか?

 まだ陽が高く登ってないとは言え、女子の脚で、ここまで来るのは厳しいのではないか?


 などなど、さまざまな疑問が湧いてくるなか、ボクは、急いで自室を飛び出して階下に降りた。


「憲二さん! クラスメートがウチに来るから、朝食を食べるなら早くして!」


 キッチンに立ったボクは、ダイニングテーブルで朝刊に目を通している叔父に声をかける。


(いまどき、朝から新聞を読むなんて、どんな身分だよ?)


 平日の朝から優雅に過ごしている憲二さんに、内心で毒づきながら、ボクは、パジャマから部屋着に着替えたあと、焼鮭の切り身と納豆、作り置きのおひたし、という彼のお気に入りの朝食準備とともに、リビングの片付けを大急ぎで始める。


 ♪ ピンポ〜ン


 と、玄関のチャイムが鳴ったのは、憲二さんが朝食を食べ終えて、ぬるくなった麦茶を飲み干したときのことだった。

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