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第7話

 自宅に戻って遅い夕食の準備をしていると、憲二さんが帰ってきた。


「意外に早かったね。今日は、もっと帰りが遅いかと思ってたよ」


「予定していた聞き込みは終わったからな。それより、阪神は勝ってるか?」


「知らないよ。速報アプリは見てないの? さっき、テレビを付けたら、8チャンネルで中継してたから確認すれば?」


 もう毎度のことなので、いちいち取り合わないけど、憲二さんは、自分が勤務する管内で起こった事件よりも、贔屓の野球チームの試合の行方が気になるらしい。そんなに気になるなら、スマホの速報アプリで試合経過だけでも確認すれば良いのに……と思うけど、我が叔父は、テレビ観戦にこだわるタイプなのだ。


「なんだ、今日はサンテレビの中継じゃないのか? なら、9時前にBSかCSに切り替えないとな……おっ、2対0か」


 その一言だけで、地元チームが勝っていることがわかった。仮に、タイガースがリードされていたら、


「やっぱりな、知ってた」


と言って、相手チームの攻撃なら、そのまま、チャンネルを変えてしまうのだ。リードしている点数は少ないものの、幸いなことに、叔父の機嫌はしばらく良好だろう。葛西稔梨かさいみのりのことを聞き出すには好都合だ。


 夕飯のナスの煮浸しと冷やしそうめんをテーブルに配膳しながら、ボクは叔父に問いかける。


「ねぇ、葛西のことで、なにかわかったことはある?」


「ん? 誰だ葛西って? いま、投げてるのは石井大智いしいだいちだぞ?」


「なに言ってるんだよ? 葛西稔梨、今朝、憲二さんが自殺したって教えてくれただろう?」


「あぁ、なんだ。そっちのことか? あのホトケさんは、妊娠していたらしい」


 刑事ドラマを見たことがある人には説明不要だろうけど、叔父の言うとは、事件や事故で亡くなった人のことを指す警察用語だ。


「妊娠だって! どうして、また……」


「どうしてって、女子なんだから自然な摂理だろう? 男子高校生が身籠っていたら驚くがな」


「そういうことじゃなくて……自然の法則に従えば、女子一人で妊娠なんてできないし、異性のパートナーが必要だろう? その相手が誰なのか、ってことだよ」


「そんなことは知らん。と言うか、オレのところにも、情報は降りて来ていない。耕史、おまえも同級生から彼女のことを何か聞いてたら教えてくれないか?」


「ボクはなにも聞いてないよ。クラスメートと葛西の家に行ったけど、すぐに帰ってきたからね。それより、ボクも聞きたいことがあるんだ」


「なんだ、おまえ、あの子の家に行ったのか? それと、聞きたいことってのはなんだ?」


「ボク一人じゃなくて、自称・葛西の親友の女子と一緒だけどね。それより、憲二さん。葛西稔梨は、自殺なんてしてないよね?」


 ボクの言葉に、叔父は一瞬、強張った表情を見せたあと、拳を握る。


「ヨシッ! 石井、良くやった!!」


 その声にあきれながらテレビ画面に目を向けると、相手の四番打者を三振に抑えてピンチを乗り切った投手がマウンドを降りていくところだった。


「憲二さん、真面目に聞いてよ!」


 リモコンを操作してテレビの電源を切ったボクが抗議すると、憲二さんは、フゥ~と大きく息を吐き出して、たずね返してきた。


「それで、自殺じゃないという根拠はあるのか?」


 叔父の言葉に黙ってうなずいたボクは短く応じる。


「ボクが知り得る限り、根拠は3つある」


「ほう?」


「1つ目は、葛西が着ていた浴衣だ。彼女の親友が言うには、亡くなったときに葛西稔梨が着ていた浴衣は、意中の男性があらわれたときのために、一緒に夏祭りに行くために買ったものらしい。そんな、衣装を着た女子が自殺なんてするんだろうか?」


「ふ〜ん」


「2つ目は、SNSのアカウントに書き込まれたという自殺をほのめかす投稿を、親友も家族も目にしていないってことだ。彼女の親友いわく、『日常用の表アカウントにも愚痴用の裏アカウントにもそんな投稿はなかった』ということだ。警察が確認した自殺をほのめかす書き込みは、葛西本人とは、まったく関係のない別人のモノだったんじゃないのか?」


「ふむ……」


「最後の3つ目は、葛西自身の遺体に関することだ。憲二さん、良く言ってたよね? ドザエモン = 水死体だけは見るのが忍びない。全身が巨大に膨れて、遺族には見せられないって……だけど、警察で遺体に対面した葛西の母親は、娘のことを『綺麗な顔だった』と言っていた。これは、海に落ちて溺れる前に、彼女は何らかの理由で亡くなっていたことを示しているんじゃないか? ボクは、そう考えている」


 葛西の家を出て、湯舟敏羽ゆふねとわを彼女の自宅近くまで送って行ったあとから、頭の中身を整理していたおかげで、自分なりに順序立てて話すことができたつもりだ。


 だけど、ピンチの場面で渾身の豪速球を投げ込んだリリーフエースのように、結果を見届けようとするボクに対して、叔父は、アッサリとボールを打ち返す。


「ふうん……結論が間違っている訳じゃないが……一般人の推理ということで下駄を履かせても、せいぜい65点というところだな」


 そう言って、憲二さんはボクからリモコンを奪い取り、テレビの主電源をオンにしてから放送波をCS放送に切り替えて、番組表からナイター中継を放送しているチャンネルを探し始めた。

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