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第10話

 なにか話しを聞きたいということだったのに、それを飛び越して、真相追及の協力要請を受けてしまった。


「いや、急に協力してくれ、と言われても……」


「お願い! この事件について知っているのは、私と野田くんだけだし……それとも、夏休み中は、なにか他に予定でもあるの?」


「そういう訳じゃないけど……この気温だし、あまり外を出歩きたくないんだよ」


「うそ! ただ、面倒なだけでしょ!? クラスメートの命が誰かに奪われたかも知れないのに、野田くんは、このまま放っておいてもイイの?」


 そういう事件捜査は、警察の仕事だろう……身内に現役の警察官がいる身としては、それ以外に答えようがない。

 そして、ボクには、この殺人的な暑さ以外にも、あまり外を出歩きたくない理由があった。


 そのことを、クラスメートにどう説明しようかと思案しはじめたとき、ボクのスマホには、まさに、外を出歩きたくない理由の原因を作っている人物から、通話アプリに連絡が入ってきた。


 その瞬間、ボクの背中には、冷や汗が流れる。


 今朝、三度目の木琴が奏でる甲高い通話着信音にため息をつきながら、会話を止めてもらうようにジェスチャーで湯舟敏羽ゆふねとわを制してから、応答ボタンをタップする。


「どうしたの池田さん?」


「どうして、昨日はメッセージをスルーしたの?」


「昨日は、忙しかったんだよ」


「そんなこと言って、他の女の子と会っていたんじゃないの!?」


「池田さんには、もう関係のない話だ。ボクたちの関係はもう終わったんだ。先週、お互いに確認しあったじゃないか?」


「あ、あれは……お互い頭に血が上っていただけで――――――お願い、耕史くん、もう一度、会いたいの。会って、冷静に話し合えば、お互いの誤解も解けると思うし……」


「残念だけど、ボクはあなたのことを誤解していないと思うし、あなたのボクに対する誤解を解きたいとも思っていないんだ」


「どうしても、会ってはくれないの?」


「暑い中を出かけても、お互いに時間の無駄になるだけだろう? この炎天下に、そうするだけのメリットはないと思うよ」


「わかった……耕史くんは後悔しないのね?」


「しないと思うよ、ボクは、無神経だからね」


「そう……あたしが望んでいるのを知っているのに、最後まで名前を呼び捨てで呼んでくれなかったものね」


「いや、年上の女子に敬意を払っていただけだよ、親乃ちかの


 ボクが、彼女の名前を口にすると、通話の相手は、浅くため息をつきながら、


「そういうとこ、最後まで変わらなかったね」


と言ったあと、


「それじゃあね、耕史くん」


と告げてから、通話を切った。

 まだ、朝の8時前だと言うのに、一日が終わったあとのような、グッタリとした疲労感を覚える。


 なかば強引に押し掛けて来たとは言え、来客が目の前にいるにもかかわらず、ボクは腰掛けていたリビングのソファーの背もたれに深々と背中をあずけて、


「はぁ〜〜〜〜〜」


と、深いため息を着いた。そのまま、しばらく目を閉じて、気持ちを切り替える準備をしていたんだけど……。


 ボクの気分が完全に切り替わるまえに、早朝からの来客が口を開いた。


「池田さんって、生徒会で役員をしている人だよね?」


「ボクに答える義務はないと思うけど、うちの学校に同姓同名の生徒は居ないみたいだし、いまの相手が悪質な成りすましでなければ、そういうことになるかな?」


「ふ〜ん、そっか〜」


 そうつぶやいた湯舟敏羽の口元は、明らかに、ニヤニヤと緩みきっていた。


 目の前にいる人間が、別れ話をしているのだ。ごく一般的な神経の持ち主なら、相手を気遣う言葉を述べるか、そこまで配慮しなくても気まずそうに目を逸らすのが、普通の反応ではないだろうか?


 しかし、朝の7時すぎにクラスメートの男子生徒の自宅に押し掛けるユフネ・グループのご令嬢には、そうした一般的な配慮を期待するべきではないのだろう。

 いや、それだけで済めばよかったんだけど、彼女は、さらにわざとらしく独り言をつぶやく。


「もし、野田くんが、調査に協力してくれなかったら……わたし、悲しみのあまり、昨日、祝川駅で野田くんに会ったことをグループLANEに書き込んじゃうかも。たしか、隆子たかこは、池田先輩と同じ合唱部だったよね〜? わたしのことが、先輩の耳に入ったら、どうなるかな〜?」


「湯舟、警察の身内の人間として、良いことを教えてやろうか? 相手の生命、身体、自由、名誉、または財産に対して害を加える旨を告知して、人を脅迫した場合に成立する脅迫罪ってのは、2年以下の懲役または30万円以下の罰金が科されるんだぞ?」


「そうなんだ? せっかく教えてもらったから覚えておく。でも、わたしはまだ未成年だし、それに……」


「それに?」


「脅迫罪なんて怖がってちゃ、ユフネ・グループの人間なんて、やってられないわ。野田くんも知ってるでしょ? ウチの実家がどんな仕事をしているか」


 クラスメートは、腕組みを余裕の表情で言葉を返してくる。残念ながら、こちらの完敗だ。

 それに、合唱部に所属する猪俣隆子いのまたたかこに限らず、上級生の女子生徒と交際関係を破棄したばかりの自分としては、クラスの誰かに湯舟敏羽との関係を勘ぐられることは避けておきたいという理由もある。

 彼女の顔色をうかがいながら、ボクはこれ以上の交渉継続は不可能だと判断し、白旗を上げることにした。


「わかったよ。それじゃ、夏休み限定の探偵事務所を開くことにしよう。今日からよろしく、コナン君」

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