なにか話しを聞きたいということだったのに、それを飛び越して、真相追及の協力要請を受けてしまった。
「いや、急に協力してくれ、と言われても……」
「お願い! この事件について知っているのは、私と野田くんだけだし……それとも、夏休み中は、なにか他に予定でもあるの?」
「そういう訳じゃないけど……この気温だし、あまり外を出歩きたくないんだよ」
「うそ! ただ、面倒なだけでしょ!? クラスメートの命が誰かに奪われたかも知れないのに、野田くんは、このまま放っておいてもイイの?」
そういう事件捜査は、警察の仕事だろう……身内に現役の警察官がいる身としては、それ以外に答えようがない。
そして、ボクには、この殺人的な暑さ以外にも、あまり外を出歩きたくない理由があった。
そのことを、クラスメートにどう説明しようかと思案しはじめたとき、ボクのスマホには、まさに、外を出歩きたくない理由の原因を作っている人物から、通話アプリに連絡が入ってきた。
その瞬間、ボクの背中には、冷や汗が流れる。
今朝、三度目の木琴が奏でる甲高い通話着信音にため息をつきながら、会話を止めてもらうようにジェスチャーで
「どうしたの池田さん?」
「どうして、昨日はメッセージをスルーしたの?」
「昨日は、忙しかったんだよ」
「そんなこと言って、他の女の子と会っていたんじゃないの!?」
「池田さんには、もう関係のない話だ。ボクたちの関係はもう終わったんだ。先週、お互いに確認しあったじゃないか?」
「あ、あれは……お互い頭に血が上っていただけで――――――お願い、耕史くん、もう一度、会いたいの。会って、冷静に話し合えば、お互いの誤解も解けると思うし……」
「残念だけど、ボクはあなたのことを誤解していないと思うし、あなたのボクに対する誤解を解きたいとも思っていないんだ」
「どうしても、会ってはくれないの?」
「暑い中を出かけても、お互いに時間の無駄になるだけだろう? この炎天下に、そうするだけのメリットはないと思うよ」
「わかった……耕史くんは後悔しないのね?」
「しないと思うよ、ボクは、無神経だからね」
「そう……あたしが望んでいるのを知っているのに、最後まで名前を呼び捨てで呼んでくれなかったものね」
「いや、年上の女子に敬意を払っていただけだよ、
ボクが、彼女の名前を口にすると、通話の相手は、浅くため息をつきながら、
「そういうとこ、最後まで変わらなかったね」
と言ったあと、
「それじゃあね、耕史くん」
と告げてから、通話を切った。
まだ、朝の8時前だと言うのに、一日が終わったあとのような、グッタリとした疲労感を覚える。
なかば強引に押し掛けて来たとは言え、来客が目の前にいるにもかかわらず、ボクは腰掛けていたリビングのソファーの背もたれに深々と背中をあずけて、
「はぁ〜〜〜〜〜」
と、深いため息を着いた。そのまま、しばらく目を閉じて、気持ちを切り替える準備をしていたんだけど……。
ボクの気分が完全に切り替わるまえに、早朝からの来客が口を開いた。
「池田さんって、生徒会で役員をしている人だよね?」
「ボクに答える義務はないと思うけど、うちの学校に同姓同名の生徒は居ないみたいだし、いまの相手が悪質な成りすましでなければ、そういうことになるかな?」
「ふ〜ん、そっか〜」
そうつぶやいた湯舟敏羽の口元は、明らかに、ニヤニヤと緩みきっていた。
目の前にいる人間が、別れ話をしているのだ。ごく一般的な神経の持ち主なら、相手を気遣う言葉を述べるか、そこまで配慮しなくても気まずそうに目を逸らすのが、普通の反応ではないだろうか?
しかし、朝の7時すぎにクラスメートの男子生徒の自宅に押し掛けるユフネ・グループのご令嬢には、そうした一般的な配慮を期待するべきではないのだろう。
いや、それだけで済めばよかったんだけど、彼女は、さらにわざとらしく独り言をつぶやく。
「もし、野田くんが、調査に協力してくれなかったら……わたし、悲しみのあまり、昨日、祝川駅で野田くんに会ったことをグループLANEに書き込んじゃうかも。たしか、
「湯舟、警察の身内の人間として、良いことを教えてやろうか? 相手の生命、身体、自由、名誉、または財産に対して害を加える旨を告知して、人を脅迫した場合に成立する脅迫罪ってのは、2年以下の懲役または30万円以下の罰金が科されるんだぞ?」
「そうなんだ? せっかく教えてもらったから覚えておく。でも、わたしはまだ未成年だし、それに……」
「それに?」
「脅迫罪なんて怖がってちゃ、ユフネ・グループの人間なんて、やってられないわ。野田くんも知ってるでしょ? ウチの実家がどんな仕事をしているか」
クラスメートは、腕組みを余裕の表情で言葉を返してくる。残念ながら、こちらの完敗だ。
それに、合唱部に所属する
彼女の顔色をうかがいながら、ボクはこれ以上の交渉継続は不可能だと判断し、白旗を上げることにした。
「わかったよ。それじゃ、夏休み限定の探偵事務所を開くことにしよう。今日からよろしく、コナン君」