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第2章・第5話

 葛西稔梨かさいみのりが、グリ下や浮き庭の周辺に出没していたという具体的な証言を得たボクたちは、一旦、聞き取りを切り上げることにした。


 コンビニでペットボトルのドリンクを購入して喉を潤しながら、浮き庭での聞き取りの成果を確認する。


「ちょっと、怪しいところもあったけど、トモちんと呼ばれていた女の子の言葉を信じるなら、葛西稔梨が、ここに来ていたことは、間違いなさそうだね」


「うん……そして、一緒に居たわたし達と同じ学校のコって言うのも、仲田さんの可能性がある。それに、オミちんだっけ? 水色のロリィタ服のコが言ってたことも気になるな……」


 それは、葛西の親友の湯舟にとって、直視したくないことだとは思うが、亡くなった女子生徒が妊娠していたということを考えると、オミちんと呼ばれていた少女が最後に口にした、「に目をつけられてなきゃイイけど……」という言葉は、かなり気掛かりだ。


 相棒の気持ちを考えながら、ボクがなんと声をかけようかと迷っていると、


「このテのことは、やっぱり、その道の人間に聞くしか無いか……」


そうつぶやいた湯舟敏羽は、「野田くん、ちょっと付いて来て!」と言って、電車を降りた駅とは反対の方向に伸びる、一方通行の道を北に向かって歩き始める。


「おいおい、どこに行くかくらい説明してくれよ」


 あわてて彼女を追いかけるボクに、相棒は振り返ることのないまま答える。


「この辺りに、ウチの両親が経営しているバーがあるの。マスターは、わたしの知り合いだから、そこで話しを聞いてみよう!」


 蒸し暑い夜の空気をまといながら、湯舟敏羽は、ズンズンと繁華街の街並みを歩いていく。

 ほどなくして、三階建ての雑居ビルの前で立ち止まった彼女は、


「ここが、そのお店」


と、二階のフロアを指差して、階段を上がっていく。


 およそ高校生が立ち寄るような場所ではなさそうなビルの一角に入るショットバーの扉をあけると、頼もしい(?)相棒は、


「こんばんは! 克ちゃん、元気にしてる?」


と声をかけながら、堂々と店内に入っていった。


 カッチャンと呼ばれた、お店のマスターらしき中年男性は、


「ヒメ! どうしたんだい、こんな時間に?」


と驚いた表情で、ボクたちを見つめる。


「ちょっと聞きたいことが合ってさ。話しを聞かせてくれない? あと、お腹へったから、なにか出してくれると嬉しい」


 たしかに、夕方に葛西の家を訪れてからここまで、食事を食べる間はなかったけれど……。

 アポイントも無しに訪問した上に、話しを聞かせろだの、食事を出せだの、なんという横暴さだ。


 ヒメと呼ばれた相棒の傍若無人さにあきれながら、ボクは初対面の中年男性と初めて目にする大人な雰囲気のバーの店内のようすに恐縮しながら、ボクは、


「はじめまして。湯舟さんのクラスメートの野田と言います」


と、緊張気味に自己紹介した。


「これはこれは……ご丁寧に。この店の店主をさせてもらっている古溝ふるみぞと言います。お兄さん、ヒメの相手は大変でしょう?」


 そう言って、苦笑するマスターの顔は、『男はつらいよ』の主人公フーテンの寅さんそっくりで、バーの店主よりも、寿司屋の大将の方が似合いそうな容貌だった。

 幸いなことに、店内に他にお客が居なかったことから、マスターは手際良く調理を始めて、平皿で提供されたオイルサーディンと青じそが散らされたパスタは、空腹も相まって絶品に感じられた。


 お腹も満たされて、ひと心地ついたボクたちに、ミネラルウォーターを注ぎながら、古溝さんはたずねる。


「で、わざわざ、この店まで来て、どんなことを聞きたいんだい?」


「うん……わたしが中学の頃から仲が良かったコが、三日前に亡くなっちゃったんだけど……どうして、あのコが亡くなったのか知りたくて、色々と聞き取りをしていたら、彼女が、グリ下や浮き庭に来ていることがわかったんだ」


 湯舟が質問に淀みなく答えると、バーのマスターは、これまでの柔和な表情を一変させて、「ほう……?」とシリアスな声色で答えた。


「それで、ヒメは、お友だちが、なにかのトラブルに巻き込まれた、と考えてるのかい?」


「そうね……しかも、その稔梨ってコは、もう一人、わたし達のクラスメートとグリ下や浮き庭に出入りしていたらしいの。あの辺りにいるコたちには、良くない大人が声をかけるって話しもあるし、克ちゃんなら、そういうことにも詳しいかと思って。以前のグリ下や今の浮き庭で女の子にコナをかけている連中について、なにか知らない?」


 いつものように、ハッキリとした物言いで、自分よりはるかに年上のマスターに遠慮なく問いかける湯舟敏羽に対して、古溝さんは、ため息をつきながら答えた。


「ヒメ―――あまり危険なことに首を突っ込むもんじゃないよ。ああいう連中が、ただのチンピラじゃないってことくらい、ヒメもわかってるだろう? ましてや、他所よそのお宅のあんちゃんを巻き込むもんじゃない。聞き取り捜査は、本職の警察に任せるんだ」


 あくまで、大人の意見で諭そうとする古溝さんに、ユフネ・グループのご令嬢は、なおも食い下がる。


「そういうことなら、心配いらないわ。野田くんの叔父さんは、現役の警察官だもの。わたしは、警察の捜査に協力したいの。そうだよね、野田くん?」


 無茶苦茶な理屈だとは思いつつも、ここは、相棒のメンツを立てるため、ボクは叔父の職業を明らかにすることにした。


「はい、叔父は芦矢警察の捜査三課に勤めています」


 ボクが答えると、古溝さんの顔色が、サッと変わるのがわかった。

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