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第2章・第9話

 〜4日目〜


 葛西稔梨かさいみのりの葬儀は、彼女の自宅から、徒歩で20分程にある市役所近くの会館で行われた。


 家族葬という規模の割には、大きな会館で、遺体が安置されたホールの大きさと、三十名に満たない参列者の少なさが、アンバランスさを感じさせる。

 会館の外には、大勢の人がいたけれど、どうやらそれは、同じ時間帯に行われる別の人の葬儀に参列する人々だったようだ。


 読経が始まる前のホールを見渡したところ、何人かはボクの知ってる顔があった。


 集会でおなじみの校長先生に、前日も葛西家を訪れていた山本理事長と斎藤先生。学年主任の山崎先生と担任の三浦先生。それに、クラス委員を務める亀山と新庄、そして、葛西と中学時代の同級生である伊藤敦子いとうあつこ

 一緒に会館に到着した湯舟敏羽を除けば、ボクが認識できるのは、それだけだ。


 周囲が大人ばかりということもあって、他校の生徒である伊藤も含めて、制服姿のボクたち学生組は自然と五人で固まることになる。こんなときに、クラスメートや同年代の生徒と、どんな話しをして良いのかわからず、気まずくなったボクは、葬儀が始まるまでトイレにこもろうか、と彼らの輪から離れることにした。


 一階の玄関のそばにあるトイレに移動しようとすると、ボクと同じように周囲の人たちから孤立するように、所在なげに立ち尽くしている女性が目に入った。


「野田くん、やっぱり来たのね? 湯舟さんと一緒?」


 今日も、という単語が強調されたように聞き取れたのは、ボクの気のせいだろうか? それが、皮肉っぽく聞こえたのは、完全にボクの気のせいかも知れないけど、この炎天下で生徒の葬儀に呼び出されたのなら、そう言う皮肉のひとつも言いたくなるかも知れない。


 だから、ボクは担任教師の問いかけには、「はい」と、短く答えて、


「クラスの他の連中には連絡してくれたんですか?」


と、はぐらかすように質問する。


 もちろん、昨日の深夜に確認したクラス内のグループLANEで、三浦先生からクラスメート全員に対して、葛西の死が伝えられたことは把握していたが、参列者の少なさを担任教師がどう考えているか、そして、の反応を探るために、あえて聞いていみたのだ。


「えぇ」


「それは、仲田さんにも?」


「もちろんよ。でも……参列してくれたのが、あなた達だけということは、私の伝え方が悪かったのかしら?」


「いや、この暑さのせいでしょう? こんな気温の中、緊急事態でも無ければ誰も外に出たいと思いませんよ……と言うのは冗談として、みんな突然のことで戸惑っているんだと思いますよ」


 実際のところ、連絡の必要が無いと考えたのだろうと思うけど、ボクや湯舟のところには三浦先生からの連絡は来なかったので、担任教師が、クラスの連中に葛西の死をどのように伝えたのかはわからない。そして、LANEに投稿されたメッセージを確認する限り、葛西とミナミの街に繰り出していた疑惑のある仲田美幸なかだみゆきは、特別な反応を見せていなかった。


 ただ、クラスのグループLANEの雰囲気からは、2年3組の他の生徒たちが、クラスメートの突然の訃報に、ただただ困惑している、ということが伝わってきた。


「そうね……こんなこと、どう受け止めて良いのか……」


「えぇ、そうですね」


 ボクは、担任に言葉を返したあと、次になにを語ろうか、と考える。

 昨夜、クラスの連中がLANEに書き込んだ内容を見ていると、葛西が自ら命を絶ったということは伝えられていないようだ。


 そして、「大勢で押しかけても、ご家族に迷惑かもしれないし……」という女子生徒の書き込みをきっかけに、葬儀への参列をやんわりと辞退する生徒が続出し、結果として、参加するのは、クラス委員の二人とボクと湯舟だけになってしまった。


「葛西が、あんな亡くなり方さえしなければ……」


 つぶやくように漏れた一言に、三浦先生の眉が微かに動く。


「そうね……ところで、別件であなたと湯舟さんにたずねたいことがあるんだけど、いいかしら?」


「なんでしょうか?」


「あなた達、昨夜は本当にミナミの街に行ったの?」


「えぇ、でも夜の10時には、ちゃんと帰りましたよ」


「そう、それなら良いけど……個人の行動に対して、あまりうるさく言うつもりはないけど、理事長や他の先生が居る前で、ああいうことを言われてしまうとね……担任としても困るのよ」


「そうでしょうね。湯舟さんには気をつけるように言っておきます」


「それで、あの時間に、わざわざ、県外まで出掛けて、なにをしに行ったの?」


「ただの社会勉強ですよ。ウワサのグリ下や浮き庭ってのが、どんな場所なのか見に行ってきただけです。残念ながら、我が校の生徒は、誰もいませんでしたけど……」


 肩をすくめて返答するボクに、三浦先生は、心底ホッとしたような表情を浮かべる。

 そして、


「それは良かったわ。あなた達も、夜の繁華街には近づかないこと。これ以上は、生徒指導の先生に対応をおまかせすることになるからね」


と、付け加えて、ボクと湯舟にしっかりと釘を刺すことを忘れなかった。

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