「事故に遭ったって、誰が?」
明らかに疲労の色が濃い憲二さんのようすにも構わず、ボクは、叔父に問いかける。そして、その答えは、ボクの身体をいっそう強張らせた。
「あぁ、
「そ、そんな……ウソだろ……」
全身からチカラが抜けるような感覚を味わいながら、調理を進めていたキッチンで、ボクはヘナヘナと膝から崩れ落ちる。
「なんだ? 耕史、どうしたんだ?」
慌てて駆け寄ってきて、ボクの肩を支えてくれる憲二さんに、
「それで、仲田は……仲田美幸はどうなったの?」
「ん、あぁ、バイクにひき逃げにあったみたいでな……意識不明の重体だそうだ。しかも、あの豪雨の中を家族が止めるのも聞かずに、出掛けて行ったみたいでな。これは、ただ事じゃないと、ウチの署もハチの巣をつついたかのような大騒ぎだ」
バイクでひき逃げ……意識不明の重体……。
ふたつのフレーズが、ボクの頭の中をグルグルと回る。
「ボクのせいだ……」
そうつぶやいたあと、目の前が真っ暗になり、ボクは意識を失った。
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「誕生日には、アイスケーキが食べたい!」
小学生になって初めての誕生日を翌日に控えたボクは、両親にそんなことをおねだりした。
前年に、相次いで父方の祖父母を亡くしてボクたちの家にとって、久々にお祝いができる機会だということもあり、両親ともに日曜日である前日から準備に勤しんでボクの誕生日当日に備えてくれることになった。
だけど――――――。
非番だった叔父の憲二さんと留守番をしていた我が家にもたらされた連絡は、アイスケーキを買いに出掛けた両親のクルマが事故に巻き込まれた、という内容だった。両親は、ほぼ即死状態だったらしい。
「ボクが、アイスケーキを食べたいなんて言わなければ……」
事故に遭って亡くなった父と母への申し訳なさで、ボクは自分を責めた。
「おまえのせいじゃない。あんまり自分を責めるな」
そう言ってボクを庇ってくれたのは、憲二さんだけだった。
亡くなった祖父から事業を受け継いでいた父親もこの世を去ってしまい、直系の一族がボクだけになってしまったことで、曽祖父が起業した会社の経営は、当時の幹部たちが引き継ぐことになった。
当初は、ボクを引き取る姿勢を見せてくれていた母方の祖父母も、高齢を理由に、ボクの身元を引き受けることに難色を示したため、他の親類を頼らなければならない状況になったとき、ボクを引き取る、と言ってくれたのも憲二さんだった。
「オトコが二人で住むには、ちょっと広いが、住み慣れた場所が良いだろう?」
それまでも、ボクを可愛がってくれていた叔父は、そう言って、一人暮らしをしていた賃貸物件を引き払い、祖父母の代から住んでいる
一族として、ボクの両親の事業を引き継ぐようにという声もあったみたいだけど、会社の経営に興味を持てなかったのか、憲二さんは、そのオファーを固辞したらしい。
「公務員の月給じゃあ、この屋敷の固定資産税を払うのがやっとだよ……」
毎年、税金を支払う時期になると、憲二さんは苦笑しながら語っていたけど、そんな苦労を背負いながら身寄りが無くなりかけていた小学生を引き取ってくれた叔父に、ボクはとても感謝していた。
刑事の仕事が忙しいためか、家事全般の能力は壊滅的だった叔父の代わりに、家の仕事をすることも苦ではなかったけど、それでも、ボクに気掛かりなことが無かったわけではない。
それは、40歳近くになっても、憲二さんが、いまだに結婚を考えるような相手に恵まれないのは、もしかして、自分の存在が大きく影響しているのではないか、ということだ。
思春期を迎えてから感じ始めたことだけど、このことは、またボクが身内の幸せの妨げになってしまっているではないか、と自分を責める結果になってしまった。
こうして、これ以上、誰かに甘えるような生き方はしたくない――――――という信念が、ボクの中で徐々に強くなっていったんだけど、つい先日まで交際関係を続けていた上級生の女子生徒は、そのことをあまり理解してくれなかった。
「耕史くんのこと、なんでも話してね」
という彼女の口癖につられて、両親のことや叔父との関係について話したことがキッカケだったのかも知れないけど、付き合い始めてからしばらくして、
「つらかったら、遠慮なく甘えてくれて良いからね」
と言うことを頻繁に口にするようになった。
その言葉に、どこかで反発を感じるようになったことが、彼女との関係がギクシャクし始めた理由だと思う。
彼女の言動に、いい加減、うんざりして一緒にいることが苦痛になり、最後は売り言葉に買い言葉のような口論でケンカ別れをしてしまった。
(自分は、親しい人間を不幸な目に遭わせてしまうのではないだろうか……?)
上級生との別れ話を経て、ボクは、よりそんな想いを強く感じるようになった。
そして、今日は、クラスメートが亡くなった理由を探ろうとして、別のクラスメートに接触し、彼女が事故に遭ってしまった。
きっと、仲田美幸の家族は、自宅に訪ねてきたボクたちのことを快く思っていないだろう……。
そのことを考えると、いつの間にか移動していた自室のベッドから、ボクは身体を動かせなくなっていた。