夕立ちと言うには、あまりにも強烈なゲリラ豪雨の雨音を聞きながら、スマホの雨雲レーダーで、今後の天候の推移を確認する。
(これじゃ、しばらく、夕飯の買い出しにも行けないし、たまには自分の部屋の掃除でもするか……)
そう考えて、湯舟敏羽には立ち入らせなかった自室に移動し、無造作にスマホを机に置くと、その瞬間、意外な人物から通話アプリの着信があった。
遠山 響子
ディスプレイに表示されたクラスメートの名前から、会話の内容を想像しつつ、応答のボタンをタップする。
「野田くん、お疲れさま〜。いま、話せるかな?」
「大丈夫だけど、急にどうしたの?」
「今日は、葛西さんのお葬式があったんだよね。私、昨日、野田くんたちと会ったあと、家に帰って、ウチの親から聞かされてさ。もう、びっくりしちゃったよ。野田くんは、このこと知ってたの?」
「うん、まあね」
「なんだ、それなら、昨日、会ったときに言ってくれれば良かったのに」
「いや、三浦先生が、『クラスの生徒たちには自分が連絡するから、他の生徒にはなるべく伝えるな』って言ってたからさ」
「あっ、そういうことか……それで、野田くんは、葛西さんのお葬式に行ったの?」
「あぁ。ウチのクラスの参列者は、ボクと湯舟、新庄、亀山の四人だけだった」
「そっか……私もクラブの練習でお葬式には行けなかったから、あんまりヒトのことは言えないけどさ……ちょっと、寂しい感じだったんじゃない?」
「そうだね……急なことだったし、みんな、予定があったり、どうして良いのかわからなかったのかも知れない」
会話の流れから、そう言ったものの、やっぱり、自分の中には、「葛西が、あんな亡くなり方をしていなければ……」という想いは、強く残っている。
ボクが、午前中の葬儀のことを思い出しながら、そんなことを考えていると、通話相手のクラスメートは、「う〜ん、そうかぁ……」とつぶやいたあと、気掛かりなことを口にした。
「亡くなったばかりのコのことを言うのは、アレなんだけどさ……私、葛西さんのことで気になることがあるんだよね」
「うん? なんなの気になることって? 聞かせてよ」
「う〜ん、このこと言っていいのかわからないんだけど……私、クラブが終わったあと、身体をほぐすために整体に通ってるんだけど、そこに行くとき、何度か、二人乗りしているバイクの後ろの席に葛西さんらしき女の子が乗ってるのを見かけたんだよね。それに、バイクを運転してるのは――――――」
葛西稔梨が関係していた相手が判明するかも知れない、ということで、ボクは遠山の言葉を待たずに、思わず焦ってたずねてしまう。
「運転してるのは、誰なんだ!?」
「そ、そんなに食い気味に来なくても……バイクを運転してるのは、斎藤先生だよ、多分ね。野田くんも、あの先生がバイク通勤をしてるの知ってるでしょ?」
「あぁ、そうだね。でも、後ろの乗ってるのが葛西だって、どうして、わかったんだ? 後部席に乗っていても、ヘルメットは被ってるだろ?」
「それがね、制服は着てないんだけど……肩に掛けてるスクールバッグがウチの学校のスクバでさ……そのカバンに付いてるクマのアクセは、葛西さんが限定品だって自慢してたモノなんだ」
「その話し、ホントか!?」
「野田くんにウソついても仕方ないじゃん? まあ、私が目撃したってだけだから、信用するかどうかは、野田くん次第だけどね。一度だけ、コッソリ写真を撮ったことがあるから、あとで送ろうか?」
「あぁ、助かるよ。ありがとう。ところで、この話し……葛西が、斎藤先生のバイクに乗ってたんじゃないか? ってことは、ボク以外の誰かに話してない?」
「ううん……夏休み中に会うことがあったら、葛西さん本人に聞いてみようと思ってたんだけど、こんなことになっちゃったから……」
「そうか……話したいことって、このことだったの?」
「うん……誰に話しをしようか迷ったんだけど……昨日、会ったばかりだから、
「そうなんだ。話しを聞かせてくれて、ありがとう」
「この雨じゃなければね〜。敏羽の目を盗んで、野田くんを誘えたのにな……残念」
「雨と猛暑が終わってからだったら、いつでも誘ってよ」
「そんなの待ってたら、秋になっちゃうじゃん?」
そう言って、遠山響子は、ケラケラと笑い声をあげる。彼女は続けて、
「ホント、野田くんはマイペースだよね。あっ、さっき言った写真はすぐに送るから。それじゃあね!」
と言って通話を切った。
ほどなくして、メッセージアプリに送られてきた画像には、バイクに乗った後ろ姿の二人組が写っており、彼女の言ったとおり、斎藤先生が通勤に使っているカワサキのZXー25Rのバイクの後部席には、クマのアクセサリーのついた向陽学院のスクールバッグを肩に掛けた女子がまたがっていた。
しばらく、その画像を眺めながら、
(この女子生徒は、本当に葛西稔梨なのだろうか?)
(この二人は、どんな関係なんだろう?)
と、想像を巡らせる。その後、雨が止んだタイミングを見計らって買い出しに出掛け、夕食を準備を始めた。
そうして、蒸し暑さを吹き飛ばす辛さの麻婆豆腐が出来上がった頃に、憲二さんが帰ってきた。
その叔父の帰宅早々の言葉に、ボクの身体は凍りつく。
「耕史、おまえたちのクラスは、一体どうなってるんだ? 今度は、おまえのクラスの生徒が事故に遭ったらしいぞ」