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第4章・第5話

 合同庁舎が入居する高層ビルから自宅に戻って夕食の準備をしていると、憲二さんが帰ってきた。


「良いニオイだな。今夜は、なにが食べれるんだ? ホイコーローだよ。クックドゥのパウチだけどね」


「そうか。枝豆とワカメの酢の物があれば、なお良いな」


「憲二さんが風呂に入ってる間に準備しておくよ」


 ボクが返事をすると、汗だくになって帰ってきた叔父は、すぐに浴室に入って行った。

 やがて、出来上がったホイコーローのフライパンの横で、冷凍の枝豆が茹で上がり、ふえるワカメと薄く切ったキュウリの酢の物ができあがる頃に、憲二さんは風呂から上がってきた。


 フライパンのメイン料理を出す前に、ビールと枝豆をテーブルに置く。


「おぉ、風呂上がりのタイミングにありがたい」


 ビールをグラスに注ぎ、リビングのテレビのチャンネルをナイター中継に切り替えた憲二さんは、ご機嫌で枝豆に手を伸ばす。どうやら、今日もタイガースは試合を優位に進めているようだ。


「それで、どうだったの?」


 酢の物と温め直したホイコーローをテーブルに運びながら、ボクは憲二さんにたずねる。


「どうだったって、ナニが?」


「ナニがって、服だよ服。せっかく、三浦先生が選んでくれたんだ。周りから反応がなきゃ、寂しいだろう?」


「おぉ、そうだな。評判は上々だったぞ。後輩の女性警官なんて、『野田さん、見違えましたよ。誰に選んでもらったんですか?』なんて言ってたくらいだからな」


 叔父は、鼻高々といった感じで、本日のイメージチェンジの成果を語る。もっとも、その最大の功労者は、三浦先生なんだけど……。


「そんなに良いことがあったなら、真っ先に報告してよ。服をプレゼントした甲斐が無いじゃないか!」


 ボクが、抗議の声をあげると、憲二さんは、「あぁ、スマン、スマン」と苦笑しながら、続けてこう言った。


「今日は、もっと良いことがあったから、それをキチンと耕史に伝えようと思っていたんだ」


「なんだい、もっと良いことって?」


「あぁ、ついに例の事件の重要参考人を呼び出すことになったそうだ」


「例の事件って、葛西が亡くなったことと仲田の事故は、やっぱり関係があったの?」


「あぁ、バイク事故の現場近くの防犯カメラから、事故を起こしたと思われるバイクが割り出された」


「それで?」


「ほら、耕史が見せてくれた画像があっただろう?」


「画像って、葛西がバイクの後部座席に乗っている、あの写真?」


「そう、あの写真だ。画像に写っている国内製のバイクの車種が、防犯カメラに写っているモノと一致した。あの豪雨の中を走っている二輪車は多くなかったみたいだからな。特定まで時間はそれほど掛からなかったみたいだ」


「じゃあ、あのバイクの持ち主の斎藤先生は逮捕されるの?」


「いや、それはまだわからん。ただ、二人の女子生徒の事件・事故には、同じ車種・同じ色のバイクが関わっていることがわかった。これは、大きな物的証拠として、捜査令状を取ることも可能だろう。まずは、参考人として署に来てもらって、容疑が固まるような証言があれば、即座に逮捕・勾留ということも可能だがな」


「そうなんだ」


「いずれにしても、亡くなった女子生徒と一緒に写っているあの写真が、犯人逮捕の決め手になる可能性は大いにある。それもこれも、あの画像を提供してくれた善意の第三者のおかげだ。お手柄だぞ、耕史!」


「そ、そっか……ありがとう」


 ボク自身、遠山響子から情報提供を受けたあの画像が、こんなにも重要な意味を持っているとは思わなかった。


 憲二さんは、重要参考人の特定という事実を心から喜んでいるように見える。

 ただ、ボクにはどうにも腑に落ちないところがあると感じられた。


 山本理事長と斎藤先生が、この件に関わっているのであれば、たしかに、昼間に通称・ジョンソン氏から聞いた話しとキレイに繋がるんだけど……。


 その一直線の流れは、どうにもキレイにつながりすぎている。


 いずれにしても、博覧会協会の職員である石井という人物が関わっている向陽学院の生徒に話しを聞けば、より詳しいことがわかるだろう。


「事件が解決に向かっているようで良かったよ。それで、斎藤先生は、いつ警察署に来ることになってるの?」


「あぁ、夏休み中だし、明日の午後には、うちの署で話しを聞けるらしい。事件解決となれば、有力な情報提供者として、耕史を推薦しようか?」


「いや、それは遠慮しておくよ」


 ボクは苦笑いしながら、憲二さんの申し出をやんわりと断った。


「うん、そうか……気分の良い日は、ビールも美味いな。耕史も一杯だけどうだ?」


「現役の警察官が未成年に飲酒を薦めるなんて、SNSで大炎上する案件だよ。くれぐれも注意してね」


 ボクが注意すると、叔父はまたも「スマン、スマン」と笑いながら、プロ野球中継に目を向ける。

 中継先の野球場では、タイガースの投手が無死満塁のピンチを無失点で凌いで、大声で吠えている姿が映し出されていた。


「この流れ、今日もいただきだな」


 ご機嫌な憲二さんは、一本目のビールが空になるまでグラスに注ぎ、グイと飲み干す。そんな叔父の姿を見ながら、ボクはスマホのアプリをチラチラと確認し、午後に出会った博覧会協会の職員から連絡が入ってこないかということばかりを気にしていていた。

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