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第4章・第4話

 湯舟敏羽との情報共有が終えると、ボクはすぐに、なんば駅から地下鉄に乗り、ベイエリアを目指す。四つ橋線と新交通システムのニュートラムを乗り継いで到着したのは、通称コスモタワーと呼ばれる高さ256メートルの超高層ビルだ。


 バブル全盛期に西日本で最も高いビルとして建設されたこの巨大な建築物は、紆余曲折を経て、現在はホテルとともに行政機関や民間企業のオフィスなどが入居する複合高層ビルとなっている。


 ほんの1時間ほど前、古溝さんがマスターを務めるバーで、博覧会協会と府の仕事を兼務する職員の名刺を手に入れたボクは、探偵事務所の相棒には真の目的を伏せたまま、この名刺の持ち主である職員に会ってみようと行動を起こした。


 駅から降りて高層ビルのエントランスに入り、庁舎の案内板を確認すると、名刺に書かれているとおり、博覧会協会の施設維持管理局と府の都市整備部は、地上27階にオフィスがあることがわかった。緊張感を覚えながら、高層用エレベーターに乗り、27階のオフィスにたどり着く。都市整備部の審査指導課の案内を見つけたボクは、扉を開けて無人の受け付けに入り、中を確認する。


 ・御用の方は内線1をプッシュして、ご要件をお伝え下さい。


 内線用の電話機の案内に書かれているとおりのボタンを押すと、女性の受付の声が聞こえてきた。


「はい、博覧会協会施設維持管理局です。お名前とご要件をお伝え下さい」


「コーヨー建設の山本と申します。審査指導課の石井さんと午後三時にお約束をいただいております」


 偽名を名乗ると、受話器の先では、一瞬、間があったものの、すぐに、


「少々お待ち下さい」


と返答があり、ボクは無人の受け付け入口で固い唾が込み上げてくるのを感じながら、呼び出した相手を待つ。


 しばらくして、パーテーションの向こう側から、コツコツという靴音が聞こえてきたかと思うと、固く閉ざされていたオフィスのドアが開いた。中年の男は、ボクの顔を見るなり、


「誰だ、あなたは?」


と、怪訝な表情で警戒感をあらわにする。ただ、もちろん、ここまでは想定内の言動だ。ここからは、自分自身の度胸と演技力にすべてが掛かっている。


「ミナミのミューズって店で働いているモノだって言えば、わかるかい? アンタが自慢げに名刺を置いて行った店だよ」


 ボクは、手元に用意していた、博覧会協会・施設維持管理局と地方自治体の都市整備部の肩書きが書かれた相手の名刺をチラリと見せる。


「コーヨー建設の山本を名乗ると、アンタと簡単に会えると聞いてね。ちょっと、お願いしたいことがあるんだよ」


 なるべく下卑げびた表情で言うと、狙いどおり相手は露骨に顔をしかめ、「なにが目的だ!?」と、吐き捨てるように言う。


「ここじゃなんだから、場所を変えましょうや。お互い、ここじゃ聞かれたくない話しってのはあるでしょう?」


 ニヤリと笑いながら返答すると、中年職員は嫌悪感まる出しで、「わかった、着いて来い」と、オフィスのドアを開け、無人の廊下を早足で歩いていく。

 人気ひとけの少ない廊下の端は、ガラス張りの窓になっていて、27階の高さから博覧会の会場やボクたちが住む街を見下ろすことができる。


「ワタシをユスリに来たのか?」


「カネなんて興味はない。ただ、アンタが吸っている美味い汁のおこぼれってヤツをもらおうと思ってね」


「なにが目的だ?」


 さっきと、まったく同じセリフを口にする相手の狼狽ぶりが可笑しく、ボクの心には余裕のようなモノが生まれていた。


「ずい分と気持ちよさそうに話していたけど、アンタ、向陽学院の女子とよろしくヤレるコネを持ってるらしいじゃないか? オレにも、同じ体験をさせてくれよ?」


「なにを言い出すかと思えば……見たところ、キミは、まだまだ子供の年齢じゃないか? こんなところに来ないで、精々ナンパにも励むんだな」


 ボクの申し出に拍子抜けしたのか、今度は少し余裕を取り戻した職員、石井久和があきれながら語る。どうやら、こんな若造を相手にしているヒマはないと考えているようだ。


「へぇ、そんなことを言っていいのかい?」


 そう言ったあと、素早くスマホを取り出したボクは、相手の不意をつき、カメラアプリを起動して、目の前の公務員の顔写真を撮影した。


 シャッター音とともに、「な、なにをする?」と抗議の声をあげて、スマホを取り上げようとする職員に対し、ヒラリと身を交わしたボクは、こう宣言した。


「いまの写真を名刺付きで、暴露系YourTuberに送らせてもらおうかな? 博覧会関係のネタは、バズりやすいから大募集中だ、と宣言している配信者も多いしな。博覧会の関係者が、建設費支払い違反のお目溢しをする代わりに名門校の女子高生をあてがってもらえるとなれば、注目度は爆上ばくあがりだろう」


 こちらの脅しが効果を発揮したのか、「クッ……」と、ほおを噛むように苦悶の表情を浮かべた相手は、うなだれながら、「わかった、そちらの条件を聞こう」と交渉に応じる態度を取った。


「それじゃ、アンタが取れる予約枠のうち、いちばん、早い時間をオレに譲ってくれよ。向陽学院の生徒と関係が持てるなんて、そうそう無い機会だ。これ以上、アンタに迷惑は掛けないし、コトが終わったあとは、画像データも消しておくよ」


 ボクは、そう言って、連絡手段を職員に伝え、合同庁舎をあとにすることにした。

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