湯舟敏羽が、
まだ、午後1時という真っ昼間の時間帯であるにもかかわらず、雑居ビルの二階にある店内は窓がないため、夏の炎天下であることを忘れてしまう雰囲気だ。
「さすがは、ヒメ。時間どおりですね」
「克ちゃん、電話では話せないことって言ってたけど、そんなに重要な情報がわかったの?」
店内に入るなり、マスターを問い詰めるような女子生徒を「まあまあ……」と、薄い笑みでいなしつつ、
「詳しい話しは、あそこに座ってる若造に聞いてやってください」
と言いながら、カウンターの一番スミの席に、縮こまって座っている若い男性を指で差した。
茶髪にスーツ姿という典型的な夜の商売という姿は、午後の早い時間帯には似つかわしくないとかんじられたけど、かろうじて薄暗い店内の雰囲気が、その男がこの場に居ることを許している感じだ。
「あなた、名前は?」
物怖じしない性格の湯舟敏羽が、カウンターの隣の席に腰掛けて問いかけると、身体をピクリと震わせた相手は怯えたような声で返事をする。
「それは、言えねぇ……誰が話したかバレたら、俺はこの街に居られなくなる」
そんな彼の素振りを見ながら、軽くため息をついた古溝さんが、諭すように語る。
「ヒメ、名前だけは勘弁してやってくれないか? こっちで必要なことは話すように、キチンと良い含めてるから……そうだよな、ジョンソン?」
ジョンソンという名前で呼ばれた男は、「あ、あぁ……」と、小さくうなずいてから、恐る恐るといった感じで口を開く。
「古溝のダンナからは、グリ下や浮き庭で、売りをさせている連中について聞きたい、と言われているが、間違いないか?」
彼の問いかけに、カウンターに並んで座った湯舟とボクは、同時に首を縦に振る。
「わたしの友だちやクラスメートが関わっているかも知れないの。知っていることがあれば、教えて」
「俺の名前は、他で出さないと約束するか?」
「えぇ、約束する。そもそも、ジョンソンなんて名前じゃ、ドコの誰だかわかんないじゃない?」
湯舟の返答も、もっともなことで、ジョンソンと呼ばれた男は、どこからどう見ても純粋な東アジア系の顔立ちで、カタカナの呼び名が本名でないだろうことは、明らかだった。そして、女子学生の言葉に、「わかったよ」と、うなずいた男は、ここに来て、ようやく話しをしようと決めたようだ。
「あの界隈で、中学生や高校生に声をかけて、
衝撃的な発言に、ボクも湯舟も思わず息を呑む。ただのウワサ話ではなく、実感のこもったその語り口に唖然としていると、男はさらに言葉を続ける。
「ただ、古溝のダンナの話しじゃ、アンタたちは向陽学院の学生さんだって言うじゃないか? それなら、また別口の話しがあるんだがな……」
通称ジョンソンが、そこまで言うと、マスターの古溝さんが、唐突に会話に加わってきた。
「ヒメ、ちょっと良いかい? せっかく来てもらったから、お嬢と代表に伝えてもらいたいことがあるんだ」
「それ、今じゃなきゃダメ? いま、ジョンソンさんが大事な話をするとこなのに」
「申し訳ないが、ユフネ・グループの一大事だから頼まれてくれ。話しは隣の
やや強引なマスターの話しに、湯舟は渋々ながらうなずいて席を外して、小さなスタッフルームに消えていく。
そして、ボクは、一瞬だけ自分との間に交わされた古溝さんの目配せ
「で、向陽学院の生徒限定の別口の話しって、なんです?」
「別に、アンタのところの生徒だけじゃないかも知れないけどな。それより先に、なんで、あの界隈に集まったコたちが北陸や東北に連れて行かれたかわかるか?」
「さあ? 地震の復興の手伝い、とかでなければ……その復興に携わる労働者の相手を?」
「ふん、高校生のクセに、なかなか勘が鋭いじゃないか。ただ、アンタのところの生徒をはじめ、上玉のコは、手元に置いておこうと考えているみたいだ」
「どうして、そんなことを?」
「被災地の復興や更地になった土地にハコモノを建てるなら、そこに人手が必要になるのは小学生にでもわかるだろう? じゃあ、地元での建設ラッシュの要因と言えばなんだ?」
「ここ一年くらいなら博覧会関係ですかね」
「そうだ! そして、博覧会のパビリオン建設で、下請けの業者に代金が未払いになってるってのは、聞いたことないかい?」
「えぇ、最近のニュースで耳にした記憶はあります」
「あの未払い業者は、ほとんどが外資系らしいんだが……唯一、国内の建設業者で元請けとして食い込んでいるのが、コーヨー建設らしい」
「えっ、コーヨー建設!? それって……」
「あぁ、アンタたちの通う向陽学院の理事長さんの会社だわな」
その言葉に、ボクは今度こそ言葉を失うほどの衝撃を受けた。