涙と汗に濡れた洋服一式を洗濯したモノが乾くまで、謝罪の言葉をたっぷりと述べると、ユフネ・グループのご令嬢のご機嫌はなんとか持ち直してくれたようで、浴室乾燥が終わったあと、脱衣場で我が家への訪問時の服装に着替えた彼女は、スッキリした表情でリビングに戻ってきた。
白のワンピースのインナーにはボーダーのTシャツを着込み、その上から水色のボタンシャツを羽織ったスタイルの彼女は、すっかり夏の朝に相応しい雰囲気をまとっている。
「着替えを貸してくれて、ありがとう。脱いだシャツと下着は、洗濯機に入れさせてもらったけど……変なことに使わないでね」
そんな際どいジョークを飛ばすくらいには、彼女のメンタルも回復しているようだ。
「変なことって、なんだよ! すぐに洗濯するから、それなら問題ないだろう?」
実際、湯舟敏羽のやや下世話な冗談がなくとも、なんとなく、彼女が地肌に身につけていたモノを我が家の洗濯機の中に長時間放置しておくのは、精神衛生上よくない気がした。
「古溝さんの話しは、たしかに気になるなぁ……」
ボクの必死の謝罪が済んだあと、クラスメートからもたらされた情報は、夏季限定の探偵事務所の活動を再開させるためには十分に好奇心を刺激するものだった。
「
「それで、何度もボクに連絡をくれていたのか……」
「そう! 最初、野田くんに連絡を取ろうとした仲田さんのことを聞きたかったから、だけどね。でも、
「だから、ボクをミナミの街……あの店に連れて行かなきゃいけない、と……」
「そうよ! だから、早くこのことを野田くんに知らせたかったのに――――――」
「わかったよ、昨日と今朝のことは、全面的にボクが悪い。さっきも謝ったから、これ以上の追及は勘弁してくれよ」
「わかってくれたなら、良いんだけど……それじゃ、どうして、昨日はスマホを確認できないほど忙しかったのか、理由を聞かせてくれない?」
言うまでも無いことだけど、それは、ボク自身が湯舟にもっとも触れてほしくないことだった。
だけど、ここまで来たら、下手な誤魔化しは、せっかく修復しかけている彼女との関係を悪化させかねない……。
そう判断したボクは、昨日の午後から昨夜にかけて起きた出来事を、なるべく簡単かつ端的に伝えることにした。
「実は、昨日、三浦先生がウチに来てたんだ」
「えっ、三浦先生が、どうして!?」
「たまたま、街中で先生に会ったから……憲二さん、ウチの叔父の服選びの参考に付き合ってもらったんだ」
「それで?」
「そのあと、先生がクラスのことで相談したいことがあるって言うから、先生のマンションで相談に乗ってた」
「ふ〜ん……で?」
「先生が相談に乗ってくれたお礼に、ってクルマで
「そう……」
つぶやくように言う湯舟敏羽だが、さっきまでの夏らしい陽気はどこかに消えてしまったようで、真夏にもかかわらず、まるで氷点下のような寒気を感じる。
「一応、言っておくけど、ボクが先生を我が家に受け入れたのは、憲二さんのためだからな?」
「あぁ、そう? で、キューピッド役は上手くいったの?」
「まあ、ここから先は、二人次第ってとこだと思う」
「確認しておくけど、先生は、この家に泊まっていったりはしてないんだよね?」
「もちろんだ! 日付が変わる前に帰って行ったよ」
「そっか……なら、シャワーを貸してもらった、わたしの勝ち」
最後の言葉は、良く聞こえなかったので、「えっ、なんだって?」と聞き返す。
「ううん……なんでもない。ただ、野田くんのお宅で、シャワーを借りたって言ったら、ウチのママは、どんな顔をするのかな、って思っただけ」
そう言って、湯舟はクスリと笑ったあと、ペロリと舌を出す。
「あ、あぁ……」
拍子抜けしたように返答すると、彼女は、「でも、これで、さっきの通話のときの疑問が解けた」と、一人でなにかを納得している。ボクが怪訝な顔で、クラスメートの言葉の意味を考えていると、湯舟は、ふたたび一人で語りだす。
「野田くんの叔父さんは、ウチのママと親しかったんだもんね……実は、野田くんのお
「そうなんだ? でも、どうして? この辺りは、私立の幼稚園や学校以外、特に目的地になる施設はないだろう?」
ボクの疑問に、湯舟は少しだけ微笑を浮かべながら、「さぁ……わたしも理由は聞かされてないけど……」と言って、首を横に振る。ただ、彼女は続けて、こう言った。
「でも、いまなら理由がわかる気がする。結婚をしたあとも、気になるヒトが居たのかも知れない、って……」
ボクが、その言葉の意味を考えていると、彼女は、話題といっしょに表情も変えて、快活に宣言する。
「克ちゃんのお店で、重要な証言が聞けるかも知れない。着いて来てくれるよね、野田くん?」