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ざまぁ婚約破棄で地雷発動、前世猟奇絵師は覚醒しましたわ♡
ざまぁ婚約破棄で地雷発動、前世猟奇絵師は覚醒しましたわ♡
日蔭スミレ
異世界恋愛悪役令嬢
2025年06月29日
公開日
6,235字
連載中
「ハードコア・ピーナッツ」として猟奇絵を描いていたイラストレーター兼原画師が、モ○スターエ○ジー過剰摂取で乙女向ロマファン小説世界の登場人物、悪役令嬢ヴィオレシアに転生した。 前世を思い出したのは、彼女にとっての地雷シーン──婚約破棄の最中だった。 そう。猟奇は好きでも、ざまぁが苦手。その理由は…… だって。足下をすくって追い詰めるより、取り返しがつかない程肉体を破壊したいもん(つ'-' )” 胸糞悪い奴は、泣いて謝っても殴るのを止めたくないの(つ'-')ڡ≡)`Д゚);、;’.・” そんな彼女が婚約破棄された直後に出会ったのは、本来の物語で自分を斬首する筈の処刑人アゼルで?!  突然の求婚され彼が新たな婚約者に?!  ……しかし彼の本性は、末期の変態野郎だった。 これは異常性癖には異常性癖を。バケモノ同士をぶつけあった真実の愛の物語。 ええ、こんなんでも溺愛で純愛です。

ep1. 私、猟奇絵師ハードコア・ピーナッツ。異世界で悪役令嬢になったみたい。

「ヴィオレシア・マラスピーナ! 君との婚約は破棄させてもらう」


 広間に高らかに響く彼の声に私は目眩を覚えた。

 そして途方もない不快感に吐き気さえ催した。

 婚約破棄された事がショック……なのだろうか?


 いや、違う。


 心の中で一瞬で理解したのは『これ地雷だ、虫唾が走るほど大嫌いなシーンだ』と。

 その瞬間に走馬灯のように”侯爵令嬢ヴィオレシア”ではない私が浮かび上がった。


 ……そう。私は猟奇イラストレーターのハードコア・ピーナッツ。

 あ。これペンネームね。本名は割愛しておくの。


 私は、日々エロティックでグロテスクな絵を描くイラストレーター兼、異常性癖専門AVGの原画師だった。同人で漫画も描いていたわ。

 そして、原稿に追われて徹夜続き。眠気を吹き飛ばすのに、五本目のモ○スターエ○ジーをキメて……。

 うそやだ。そこから記憶が無い。


(──わ、私死んだの!?)

 それに気付いた瞬間──さぁっと血の気が引いた。


「おい、聞いているのか?」


 少し離れた場所で、困惑した男の声がして、私はハッと我に返った。

 そうだ。私は夜会に来ていて……。


 訝しげに見る、灰金髪にラベンダー色の瞳の美男子。その隣には、ふわふわとした淡い桃色の髪に琥珀色の瞳の美少女が立っている。

 私たちの三人の周囲は、取り囲むように見物するように人だかりができていた。


「お姉様ごめんなさい。私お姉様からラルヴェン様を取るつもりなんてなかったの。ただ私……」


 大粒の涙を溜めて、ひくひくと泣く美少女。

 わぁ、可愛いなこの子。良い泣き顔。

 私は心の中でニチャァ笑う。うん、女の子の泣き顔が大好き。


 って……? お姉様ですって?


 その途端──脳裏に数々の記憶がよぎった。



『同人誌拝見しました。ハードコア・ピーナッツ先生の絵柄的にきっと合うと思うんですよ。女性向のざまぁモノの漫画、イチから描いてみませんか?』


 ──この世界に来る前の私にある企業からそんな依頼があった。


 ざまぁや悪役令嬢、転生モノ。

 web小説で流行りのその傾向。そこからコミカライズされたりアニメ化されたり流行に流行ったテンプレート。


 取材も兼ねて、ティーンズラブ漫画で活動する絵師仲間から小説やコミカライズ作品を何本かおすすめして貰って読んだけど、話自体はどれも面白かった。


 ……面白いのだけど、私の感性で気に食わない事が二つあった。


 一つ目。定番の婚約破棄のシーンが嫌だった。地雷だ。

 流行の異世界モノの婚約破棄は公衆の面前で恥をかかせる。

 それが正規ヒロインだろうが、たとえ悪役令嬢だろうが……見ていて気分が悪い。

 詳しくは伏せるけど、”婚約破棄”に関しては、実体験もあるせいか余計に地雷なのだろう。


 二つ目。ざまぁ対象になる相手が気分を害すほどに……本当に胸糞悪いのだ。

 だからこそ相手の足下を崩していく「ざまぁ」に持って行ってスカッとさせる因果応報が必須なのだと、絵師仲間は熱弁してくれたわ。


 でも疑問があるの。

 よく追放や、ただ呆気ない斬首で我慢できるわね? って。


 なんで苦しめる程の肉体破壊しないの?! って思うの。

 せめて血の鷲の刑かファラリスの雄牛くらいやってほしいわ!

 私がざまぁする側ならそうするもん。


 それにね。公衆の面前で婚約破棄する相手なんて、私、最低でも生かしたまま四肢をスパッと、スパっとしてね? ……ダルm(自主規制)したいって思うもん。


 そう……もうね。肉体が取り返しが付かないのがいい。

 ギリギリ生かして涙と鼻水でグチャグチャの顔で──

「生きていてごめんなさい!」

「もう殺してくれ!」

 って惨たらしい命乞いが聞きたいじゃないの?!


 だってそうじゃん?

 簡単に殺しておしまいだなんて……綺麗な顔がひどく歪むような苦悶の表情が見たいじゃない?! 絶望が欲しいじゃない。

 良いじゃん美青年の絶望顔。

 そう。たとえば、今目の前にいるこの婚約破棄男とか。


 私は唇にニタァという笑みを……いけない。妄想で微笑んでしまいそう。

 私は急ぎ扇で顔を隠し、彼を冷ややかに見ながら扇の中でねっとりとした笑みを浮かべる。


 短い時間だけど、段々と状況が掴めてきた。私は妄想が落ちつくと扇をパチンと畳んで、二人を見る。 


 お姉様と私を呼んだこの子は……この世界の私の妹、マルガレータ。


 私の読んだ小説……すいません作者さん。タイトルが長すぎて、正確に思い出せないけど、この物語は、虐げられたこの子が幸せになっていく物語だった。


 そして私は……この子を散々に虐げていた姉ヴィオレシア。本作”ざまぁ対象”だ。


 ……そうか。もう話も終盤手前。

 ヴィオレシアはこの後、マルガレータの殺害をしようとした。そして、即日断罪される。そういう終わり方だった。


 私は全ての流れを理解して、改めて彼らに向きあった。


 琥珀色の瞳いっぱいに涙を溜めたマルガレータちゃんに、隣の美男子はそっと肩を抱く。


「いいんだ。マルガレータ、君こそ俺の……真実の愛の相手。君の姉は君をずっと虐げてきたそうじゃないか。薄汚い心を持つ醜女め、貴様など俺の婚約者に相応しくない」


 ──貴様の顔など見たくも無い。王国追放を宣言する!


 高らかに宣言する美男子に、マルガレータ……名前もう、面倒だから〝マルちゃん〟でいいわね。

 マルちゃんは大粒の涙を流して、蒼白になった。


「そんな、そこまでする必要は! 確かに虐められていましたが……私はそこまで望んでいません!」

「血縁者の君には酷かもしれない。だけど、その方が良い。可憐な君という花の全てを奪い尽くす、害虫のような女だろう」


 美男子は可愛い泣き顔のマルちゃんを抱き締めて、私をケチョンケチョンにこけおろす。うん、マルちゃんの泣き顔いいなぁやっぱ。可愛い、そそる。


 心の中で舌なめずりしつつ……ただ、なんとなく違和があった。


 もう話も終盤。とても印象的なシーンだったのでこの婚約破棄は覚えている。

 だけど、この美男子……王子様にこんなセリフあったっけ? と。


 この男──はラルヴェン・フォン・ロズミアという王子。とても正統派で、婚約破棄をするシーンも、正々堂々凜々しかった筈。

 それはもう次に国を背負う”王太子”としての風格があって、汚いセリフなど皆無。

 言葉の全て清いもので、悪役令嬢ヴィオレシアの悪事を全て晒し、妹のマルちゃんを選ぶ。こんな悪意の含んだ言い回しは無かった。


 ──だけど、そんな事より! 

 今の私は自分が死んでしまったショックが強かった。


 私、一人暮らしだったから、親は遺品整理に来てる筈。

 あのヤバイ原稿を見られてるかもしれないって事でしょ!


 それに本棚の中、資料になるヤバい本いっぱい入ってるんだけど。

 半分以上ピンクなんだけど! アレやコレ見たんでしょう、きっと!

 兎に角もうこの場から撤退したい。本気で一人の時間が欲しい。


「……分かりました」


 しかし、こういった時、なんて言えば正しいだろう。

 ただ異常性癖創作をしていたからこそ、礼節こそきちんと心がけていた。そう”本物の人でなし”にならないように。

 自然と出てきた言葉はひとつだけ。


「お幸せに」


 膝を折って、ドレスを掴み笑顔でカーテシーを。

 私は、そうして踵を返してその場から去った。


 しゃんと背筋を伸ばしているだけで威風凜然たる風格があるのだろう。このヴィオレシアという令嬢には……。

 周囲の人間は誰もが息を飲んで道を開ける。


 だが中身の私の頭は今、かつての自分の描いた猟奇絵と変態シチュエーションばかりがぐるぐると回っている。


 ああ、お父さんお母さん。最悪な遺品整理をさせてごめんなさい……。

 私、そっちに泣きたい。


 ***


 そうして、私は一人エントランスホールを抜け、城門まで出た時だった。


「あの……!」


 背後から男の声が響いた。

 私は振り向く。息も切れ切れと肩を上下させて……追ってきたのだろうか?


 銀糸の髪の浅黒い褐色肌。月明かりに照らされた彼は、異国の王族の如き風格がある。


 けれど、どうにも深い暗さを……深淵を覗くような深い影と妖しさを感じられた。

 ……そう。まるで”自分と同類異常性癖者”のような。目の中にどこか暗く鈍い光が宿っているのだ。


 いいえ。もっとガチ。とんでもない死臭が漂っていたのを一瞬で察知した。


 ──それが物語本編でヴィオレシアを斬首に処す処刑人だなんて、私はその時は知らなかった。

 そして、まさか彼に溺愛されるなんて。



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