「えっと、あなたは?」
今は一人になりたいのだが……。
それでも、彼から感じる途方もない死臭に私は鳥肌が──興奮のさぶいぼが勃っちゃうわ。
しかし思う。こんな登場人物いたかと?
巻頭キャラ紹介にも、挿し絵にもいなかった。
男性キャラと言うと、婚約破棄したラルヴェン王太子、ラルヴェンの騎士が数人、そして知人の貴族の男が数名……。
モブキャラだろうか?
しかし、モブにしては、随分と顔立ちが良い。
白銀髪に滑らかな褐色肌。
瞳は抜けるような青空を思い浮かべるブルー。その輪郭は緩やかに下降していて、優しげで。
鼻梁も通っていて、彫りの深い面。
どこかエキゾチックな雰囲気のある、甘やかで綺麗な男だった。
この肌の色素だ。明らかに異国人か混血だろう。
「ええと。俺、アゼル・ナザ=エルディーと申します」
どこか聞いた事がある名前のような。
私が首を捻ると、彼は少し困ったような顔でやんわりと笑んだ。
「エルディー家。ロズミアでは貴族ではないですが……
その言葉に私の脳裏に衝撃が走った。
『ヴィオレシア・マラスピーナ。私は、このたび貴様の斬首を行う処刑人、エルディー家のアゼルだ』
牢獄に入れられたヴィオレシアに罪状を読み上げ、処刑を行う……。
そこで合致した。
いや、あの……細かい描写していなかったから処刑人はオジサンだと思っていた。とんでもねぇイケメンだったんですね!? 作者さぁん?!
私は目をしばたたいて、アゼルを見る。
「えっと、その処刑人のアゼル様が私に何の用が……」
私は驚きを隠せぬまま訊けば、彼は首を振るう。
「いえ、俺はここでは貴族でない。アゼルとお呼びください」
「それを言ったら……追放を言い渡された私だって、もう貴族ではないわ。屋敷に帰れば荷物を纏めて出て行くだけよ?」
自分で言っていて何だか可笑しかった。
それに処刑人がこうも柔和な好青年というのも可笑しい。思わず笑んでしまうと、彼は少し驚いたような面輪で目を瞠ると、紅潮した頬を掻く。
「ううん。とはうえ、いきなり敬称付けないのも。あの。ヴィオレシア様、思えばさっき国外追放を言われてたじゃないですか。その……俺、仕事の時以外は基本的に隣国で生活してるんですよ」
……と、言うと?
私が首を傾げると、彼の頬に更にかぁああと朱がさした。
「ヴィオレシア様が嫌じゃなければ、俺と一緒に来ませんか? それと……」
──俺の婚約者になりませんか!
続けて言われた言葉に、私は目を見開き、何度もしばたたく。
え。私さっき婚約破棄されたばかりで。今度は求婚。
この物語、そんな話ではなかっただろうのに。
「え……えっと」
流石の私も思わぬ展開に困惑してしまう。 彼はというと、頬を真っ赤に染めて私をじっと見つめていた。その視線はとても真摯で──。
「その。無理にとは言わないです。俺、仕事と生活は切り離していますけど……家柄があまりに悪名高すぎて。どこでも本気で嫌われてるんですよ……俺が来るだけで、みんなサッっと避けるくらいで」
モーセの海割りみたいなかんじだろうか。何となく想像できてしまった。
それで、婚約になかなか結び付かず、二十五歳を超えてしまったのだと……彼は言う。年端を訊けば、十八歳の
(まぁ、中身の私とそう変わらない年端ね)
「こんな家業でお嫁さんが来づらい家です。で、エルディー家はこれまで、親戚や兄妹など近親婚を繰り返してたんです。それに大きな弊害が出て……」
つまり、寿命が異常に短い子が生まれるだとか。特に強く表れるのは”魔法が使えない”との事。
そうだ。この小説世界では皆、魔力を持っていて魔法が使えるのが”当たり前”なのだ。
私はその設定を改めて思い出した。
そして魔法が使えない者は”奇形”と呼ばれ、蔑まれている。
その”奇形”の代表こそ、妹のマルガレータだ。
彼女は魔法を使えなくて、家族にも忌まれて冷遇されていた。
そう、出来損ないと……。
それでもラルヴェン王太子に彼女の健気で優しい性格に惹かれ愛を育てていった。この小説は、そういった物語だった。
「俺の場合は、父親が異国人の母を娶って拵えた子。それでも過去の近親婚で魔法が使えない”奇形”なんです」
そこまで語った後、彼はドッと顔を赤くして私の方を向いて首を振るう。
「あっ……その、でも。すぐ、”そういう事して子どもを拵えたい”とかそういう話じゃないんで! 色々あった後に、こうも混乱させる事を言って、申し訳ないです!」
そう言って、こめかみを揉む彼はやはり好青年そのものだった。
しかしやはり、ドス黒い死臭と抜けるような青の瞳の奥にある深淵には惹かれるものがある。
「……いいですわよ」
「はい?」
気の抜けた返事をするアゼルに私は噴き出すように笑ってしまう。
「だから、いいですわよ? だって私、もうどこにも行く場所が無いですもの。お願いしたいです」
なりましょう。あなたのお嫁さんに。
そう言って微笑むと、彼はどこか照れくさそうでありながらも、何か噛み締めるように、嬉しそうに笑んでくれた。
……処刑人の夫。悪くない。普通にその生活は興味が惹かれてしまう。
処刑人という事は汚れ仕事を行う。こういったファンタジー世界では、拷問なども心得ているに違いないと想像も容易い。
つまりはリ◯ナの宝庫。
そこにどんな
私は恍惚とした……なんか地平線の向こう側にとんでもないパラダイスがありそうな気がする。
それに、そうだ。彼を上手く取り入れれば、私を公衆の面前で恥をかかせてくれたあの王太子をいつか拷問にかける機会だってあるかもしれないのだ。
あの王太子は私と同じで原作通りではない。
……マルちゃんには悪いが、何だか嫌な予感がしてならないのだ。一言で言えば、クソ野郎の香りがする。まるで女を殴りそうな。そんな顔と態度であった。
中身に厚みが無くてなくて、責任能力が無さそうな。
これは、猟奇絵師の直感だ。
暴力を描くからこそ、何となく女を殴りそうな奴とモラハラクソ野郎は分かる。その面輪と態度、そして言葉で。
(これ、私による王太子リ○ナ√ ワンチャンあるかもしれない……原作通りじゃないし……キヒッ)
油断したら口角が歪んでゲス顔してしまいそうだった。
私は慌てて扇を開き口元に当てる。
「じゃあとりあえず、私……今晩はタウンハウスに戻ります。そこには父母も今滞在しているの。事情説明とお別れをします」
「分かりました。では明朝、迎えに参ります」
アゼルは私に傅き、手を取ると甲にキスを落とした。
その所作は本当に紳士そのもの。途方もない死臭を纏っているとうのに……やはり、甘やかな優しさを感じるものだった。
それは、彼の面輪が優しげで甘いという事もあるだろう。
正直言って、私……この人、王太子や他の男性キャラなんかより好みかもしれない。緩やかに下降した優しげな目の輪郭も、滑らかな肌も。ファンタジー世界のダークエルフでも彷彿する色彩のエキゾチックな雰囲気も。
それに、はっきり言って、顔が……良い。
かっこいいのにかわいいのだ。
それに闇を感じるし……。
ちょっとだけ胸の奥がぽっと熱くなるが、何だか自分らしくない。 私は恥ずかしくなって、すぐに彼から目を逸らした。