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第2話 ムカムカ

 俺の中はすでにあいつで染まっていた。


「おはよう~」とクラスメイトが次々に教室へ入ってくる。

 俺は音や声がするたびにドアへ目を向けていた。でも、そんな必要はなかった。目視しなくてもあいつが来れば賑わいでわかる。

 今日も四、五人引き連れてのご登場だ。


「湊翔~、おーい」


 視界がひらひらと遮られる。前の席の小島の手だった。


「どーしたん?ボーとして」

「あぁ、凪野ってさ。どんなやつ?」

「なにいまさら」

「いやぁ、まぁ、どんな奴なんかなぁ~と、しゃべったことないし」

「あぁ、わかる。俺もねーもん」


 後ろの席の中松も話題に入ってくる。


「同じクラスでも案外接点ないやつっているよな。特に凪野とか、いっつも密度すげーし」


 小島が茶化すように凪野群の方へ手のひらを差し向ける。


「密度なくても、しゃべらんかったけど?」


 中松が頬杖を突きながら他人事のように言った。


 密度がない?


 高二に上がり、同じクラスになって三ヵ月。周りに密度がない凪野を俺は見たためしがない。 

 まぁ、今みたいにこんなガッツリ着目もしてなかったけど。たぶんなかったと思う。


「密度ないって?」

「俺、小学校からあいつと一緒なんだよ。中学の時は今みたいな感じだったけど、小四の時とか、普通だったよ。群がってなかった」

「え、凪野ってモテてなかったん?」


 小島が興味津々で嬉しそうに身を乗り出してくる。


「小四だべ? まぁ、パッと見女子っぽかった気はする」

「あ~わかるわ~、線細いし、色白いし、柔らかそうだもんな」

「柔らかそうって、エロおやじっぽ……」


 小島に続き何気なく発してしまった感想に一瞬ギクッとした。なのに、それを見事に拾われてしまう。


「確かにエッチかもな、ちょっとほっぺとか触ってみてーかも」

「まっ! 中ちんったらハレンチッ!」

「その呼び名ヤベーって」

「へんたいかよ……」


 俺を挟んでキャッキャと話す二人に、投げ捨てるように言って席を立つ。


『確かにエッチかもな、ちょっとほっぺとか触ってみてーかも』


 違うだろ、そっちじゃない。俺が行ったのは凪野のことじゃない。


 妙なムカムカが込み上げてくる。


「あら? 東ちん。どこ行くん」

「便所」

「行ってら~」


 後ろからの声かけに片手だけひらりと挙げて返す。


「なぁ、その呼び名って誰でもいけんじゃん。自分の名前も呼んでみ?」

「え、小ちん? いやーーー! 俺も息子も名が廃るぅ~」


 盛り上がり続けてるアホな会話を背中に、胸の辺りを摩った。


 なんだこのムカムカ、胸やけか? 朝食べたフライ弁当のせいか? 父ちゃんは大丈夫かな?


「ねぇ、朔真くん。今日用事ある?」

「ん? ないよ」

「じゃあ、カラオケ行こー」

「おー、俺も行くー! 俺の歌ぁ~を聞けぇ~」

「あんたは誘ってないって」

「意外に陽くん歌うまいんだよね」

「よく言った朔! 全然意外じゃないけどな!」

「朔真くんがいいならいいけどぉ」


 賑やか軍団をチラッと見ると凪野は普通に笑ってた。


 やっぱ、全然違うじゃん。



 * * *


 授業が始まる前に帰らなきゃと個室をでる。


 うーん、……下からも上からも結局出なかった……。

 そもそも、お腹が痛いわけでもないんだよなぁ。


 冷たい水で手と顔を洗って顔を上げたら、びしゃびしゃの不機嫌そうな俺がいた。

 ひどい顔。鏡の中の自分と向き合ってるのも嫌になって、視線を外したら顎に一本の髭が見えた。中途半端な位置に中途半端な髭。爪で掴んで引き抜こうとしたけど抜け切れずにプチッとちぎれ、気付けばチッと舌打ちしていた。


 中途半端なツラ

 なにもかもがイラつく。


 柔らかそうってなんだよ。

 女顔ってなんだよ。


「……確かに男くさくもないけどさぁ」


『ほっぺとか触ってみてーかも』

 中松の声と同時に脳裏に浮かんだのは昨日見た、凪野とおっさんの姿だった。


 アイツ男じゃん。


「うぅ……」


 また込み上げてくるムカムカ。

 俺は腕で胸のムカムカを散らしながら、トイレを出た。


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