目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第3話 二度目の目撃

 あれから一週間が経つ。


 また凪野が現れるなんて保証はなにもない。それでも俺はバイト中、暇がさえあれば外の様子ばかりを伺っていた。


 そして今日もタイムオーバー。

「お先に失礼します」と店を出て、辺りを見回しても案の定、凪野らしい人物なんていなかった。


 あれはやっぱり他人のそら似だったのかも。


 そんな脱力と共に虚しいため息が漏れる。

 こんな時なのに空には小さな星がキラキラと小さく瞬いていて、おかげで少し気持ちが軽くなった。


 ちょっと寄り道して、久しぶりに行ってみるかな?


 駅を抜けた向こう側にある俺の秘密の場所。星を観るには恰好のスポットでお気に入りなんだ。


 駅に向かって歩く足がピタッと止まった。

 パチンコ屋みたいに、赤と黄色のネオンが派手派手しい『肉』のロゴが眩しい細いビルから凪野が出て来た。


 みんなが憧れるシュラスコの店だ。いつもいい匂いがして、店の前の看板の写真に目を奪われる。だけどちょっとお高めの金額に尻込みしてしまう。あの店。


 もしかして、食ってきたの!?


 すきっ腹に、胃液が染みる。

 清々しい横顔の凪野に続き、出て来たのはやっぱりスーツの男。でも、前のおっさんとは違って今度は派手だ。堂々して姿勢もいい。


 凪野はそいつを見上げまた笑ってる。

 学校とは違う笑顔で。


 二人はそのまま駅に向かって歩きだした。

 俺の目は二人から離れないけど、これは別に後を付けてるとかそんなんじゃない。

 俺もただ同じ方向なだけだ。


 凪野のツレってなんなんだろう? 


 年上で、社会人で、でもタイプは全然違う。

 あんな年の離れた相手と一緒にご飯? それって、奢りだよね? 

だってあの店高いし。


 一体なにを話しているんだろう? 大人と会話なんて、そんな話題ある?


 父ちゃんや、店長を思い浮かべて見たけど、あんな風に笑って話すことあったかな? と首をかしげてしまう。


 凪野は俺なんかよりずっと知り合いが多いだろうことはわかってるけど、それでも全然わかんない。


 そいつら、誰なの?


 駅前で二人が足を止めた。なんとなく、俺も止めた。

 二人は何か話して、手を振って離れた。凪野は男を見送り、男は改札へ入っていく。しばらくしたら凪野はフイと向きを変え歩き始めた。俺も。


 でも、俺は尾行したいんじゃないんだよ。


 歩幅を広げ、繰り出す速度を上げた。だんだん凪野が近づいてくる。


「凪野っ!」


 俺の声に凪野が振り返った。

 凪野は驚くわけでもなく、焦った表情かおを見せるでもなく。ただ、ゆっくり一度まばたきをしただけ。


 だれ? って思ってる?

 まぁ、同じクラスだけどしゃべったことないし。……思ってるかもな。


 呼び止めた俺の方が焦り始めている。


「あ、俺のコトって知ってる?」


 凪野はまたまばたきして、フッと笑みを浮かべた。


「同じクラスの東谷だろ」

「そう! 同じクラス。知ってたんだ」


 ちょっとホッとしている俺がいた。


「知ってるでしょ。クラスメイトなんだし」

「そ、そうだよな」


 ハハッと笑うと凪野は「話したことないけどね」と言った。


 ごもっとも……。


 事実だけど、痛いところをつかれてしまった。

 もしかして、暗にツッコミを入れられてるんだろうか。話したことないヤツがいきなり何の用だって……。


 なんか、しゃんべんないと!


「お、俺、今バイトの帰り」

「へぇ、お疲れ」

「お、おう。ありがとう。あ、俺コンビニでバイトしてんだよ。駅中のじゃなくて、あっちのでっかいほう」

「そうなんだね」

「うん」


 やべぇ、普通に話してるけど、めっちゃ早く会話終わっちゃう。

 凪野ってもっとしゃべるんじゃないの? 学校でもいっつも友達に群がられてるし、さっきの大人とか、この前のおっさんだって。


 どうしよ。このままじゃ、『じゃあ、こっちだから』とかってバイバイになっちゃうぞ。


 なんか、なにかいわなきゃっ!


「凪野さ! シュラスコ食っただろ」

「えっ」


 凪野は口の前に手を当てて、斜め上を見て口臭チェックをした。その反応がちょっと笑ける。


「いやいや、さっき見たんだよ。出てくるところ。あっこ高いだろ? どう旨かった?」

「あ~、うん。おいしかったよ」

「いいなぁ~、あそこ前通るとさ、いっつも腹鳴っちゃうんだよ。めっちゃいい匂いするじゃん? すきっ腹に超~こたえるの。あ、急いでる?」

「え、べつに」

「ちょっと待ってて」

「えっ!?」


 凪野がビックリする前に、俺は車道の向こう側にあるコンビニに向かって駆け出していた。


「待ってってね!」


 振り返りながら手を挙げてアピールする。凪野はポカンとした顔で立ちすくんでいた。


 我ながら強引だなと思う。でも、話してたらすっごいお腹空いてきたし。せっかく話せたんだから、もっと話したいって思ったんだ。だって、明日は土曜だし。次ぎ会えるのって月曜だもん。


 バイト先とは別系列のコンビニに入って、水二本を掴んでそっこうレジへ向かった。ホットスナックの在庫を確認したら、やっぱり一種類づつしかなかった。しかも唐揚げは売り切れだ。俺は仕方なくコロッケとフランクフルトを買った。


 まだ待っててくれてるかな?


 急げ急げとコンビニを出る。だけどあいにくの信号待ち。凪野の姿を探したら、歩道の柵に寄りかかってスマホを眺めていた。

 サクだけに。

 しょうもないダジャレにニマニマしてしまう。

 早く青になれ~。と心の中で念じて、色が変わった途端に走った。


「お待たせ」

「おかえりー」


 凪野の返事はスマホを弄りながらだったけど、そんな感じがかえってくすぐったくなった。


 だって、俺らさっき初めて話したんだよ。そんな感じ全然しないんだもん。

 せっかくだし、もっと凪野と話したいじゃんね。


「そこの公園寄って行こうよ」

「いいけど」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?