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第4話 夜の公園

 言うまでもなく、十時を過ぎた公園なんてひとっこ一人いやしない。

 外灯に照らされたベンチが二つと、いろんな遊具が合体した大型遊具が一つだけの小さな公園。


「公園なんて久しぶりだわ。この年になったら遊具なんて使えないもんな。せっかくだし、上がってみようよ」


 俺は勢いよく短い滑り台を駆け上がった。


「凪野も来いよ!」


 あんまり乗り気でもなさそうだったけど、凪野も俺の後に続く。俺は上から手を差し出し、凪野を引き上げてやった。


「なんか懐かしいね。凪野、コロッケとフランクどっちがいい?」

「え……俺いいよ。お腹いっぱいだし」

「あぁ、そうだよな。シュラスコ食ったばっかだもんね。んじゃ、俺たべよ~。水あげるよ」

「どうも」


 受け取ってもらえて良かった。食べ物はダブルで食えるけど、水のペットボトル二本もいらないもんね。


「東谷って、けっこう強引なんだね」

「あは、だよね。俺も思った。同じクラスだけど、初対面みたいなもんだしな」


 まだ温かいコロッケを袋から半分出してかぶりついた。遊具の柵に向かい合わせで腰を預け食べる。凪野は水だけど。


 コロッケうんめっ。


 二口三口と齧っていると、凪野がペットボトルのキャップを締め、首をコテンと傾げた。


「見たから誘ったの?」

「へ?」


 外灯の灯りなんかここにはとどかない。何十万キロメートルの遠くから届いた月明かりにほんのり照らされて小首を傾げる凪野。その姿はぼんやりと光を纏っているようでちょっと不思議な感じがした。

 淡く儚く。幻のようなのに、その瞳は真っ直ぐにこっちに向けられている。まるでなにかを問いかけてくるようでも、また逆に見透かしているようにも感じる。決して逃れられない。そんな息苦しさがあるのに、ずっと見ていたいとさえ思う。


 目の前の小さな唇が動く。


「シュラスコ」

「へぁ、ああ、うん。その、気になって」


 凪野がさらに「ん?」と小首を傾げる。


「あ! 違うよ? 気になってたのは前からで、」


 言いかけてやっぱり違わないかと思った。凪野を特別に意識しだしたのは、おっさんと歩いていたところを見た日からだ。それはつまり、今日見たコトと同じ理由だから。


「前……さっき一緒にいた人ってさ」

「お父さん」

「うぉっ、とうさん……じゃ、ない、よね?」


 あまりにも早い返しに、声が裏返ってしまった。

 こんなに真っ直ぐなビー玉みたいな目をしてるのに、なんでこんなに躊躇なく嘘がつけるんだろう。


 呆気に取られていると、凪野がさらに続けた。


「じゃぁ、お兄さん」

「じゃ、じゃぁって……」


 思いっきり嘘じゃん。


 凪野は口をフッと緩め、後ろを向いてしまった。


「前の人は?」

「前って?」


 後ろを向いたまま、さして興味もなさそうに聞いてくる。どうして俺の方が焦ってるんだろう。


「一週間くらい前? バイト中に見っちゃって」


 俺の言葉にやっと凪野がこっちを向いた。


「見ちゃったんだ」

「うん」

「もしかして、脅してる?」

「ううん! ううん! 脅すって、なんでそんな……やっぱり、脅されるようなことなの?」

「コロッケ冷めちゃうよ」

「あっ、うん」


 ガブッと齧ると、もうとっくに冷めてしまっていた。フランクフルトも同じだろう。


「言いたきゃ言ってもいいよ」

「言わないよっ!」

「そうなの?」

「うん」


 凪野がニコッと口角を上げる。


「い、言わないけどさ、誰なの?」

「よく知らない人たち」


 サラッととんでもないことをを言う。


「え、なんで、だって……」


 あんな風に笑ってたじゃん。良く知らない人にあんな風に笑ったりする?


「親しそうだったし」

「一応デートだし」

「それって、つまりパパ活ってやつ?」

「パパだけでもないけど」

「そ、そうなんだ……」


 パパだけじゃないって言ってるけど、凪野は男だし、ママ活でも、孫活でもいいならなんでパパ活なんて……。


「俺が見たのパパばっかだし」

「たまたまだよ」


 たまたまってなんだよ。のらりくらりかわされているようでモヤモヤする。


「なんでそんなのやってるの」


 今度は反対方向に首を寝かせて答えてる。


「ひまだから?」

「ちょっと、よくわかんないんだけど」

「学校終わったら暇でしょ? 塾とか行ってるわけでもないし、部活もやってないし」


 凪野の言葉がただの言い訳にしか聞こえなかった。でも、その言い訳は何のためのものなんだろう。暇の言い訳? それとも他になにかあるの? たぶん聞いたって答えてはくれないだろう。もしかしたら凪野自身もわかっていないのかもしれない。


 俺は別に凪野の親でも兄弟でもない。級長でも、風紀委員でもない。ただのクラスメイトだ。

 でも、いびつだと思うんだ。このままにはしておくべきじゃない気がする。悪びれず、暇だからパパ活をするなんていうクラスメイトを放っておけないでしょ。


 ちょっと考えて、『ヨシ!』と気合いをいれた。


「ひまならさ、俺と一緒にバイトしない?」

「え?」

「俺のコンビニちょうど求人募集出してたし、一緒に働くのとかちょっと楽しくない?」


 少し間があったけど、凪野は「いいよ」と返事をくれた。


 凪野とバイバイしたあと、俺はさっそく店長に連絡して凪野のバイトを承諾してもらえた。これも真面目に仕事やってきた俺の日々の成果ってやつ。

 履歴書や印鑑とか持ってこないといけないけど、よっぽどのことがない限り採用。その日から働けるって流れになった。


 見た目や態度だけなら凪野のことだ。全然問題ないと思う。髪も派手に染めたりしてないし、ピアスも開けてない。


 凪野には求人募集出しているとは言ったけど、実はこっちも嘘。本当は人手不足って程でもない。店長には事情がある友達を助けたいと言って承諾してもらった感じ。

事情に関しては、進学用に金を貯めたいらしいという嘘をついた。


 シフトは俺と同じ時間にした。凪野がバイトを気に入ってもっと入りたいとか、他の時間がいいとかなら、もちろんそうすればいいと思ってる。


 そりゃ、パパ活に比べたらコンビニのバイトが勝つメリットなんてひとつも無いだろうけど、万が一のデメリットもないわけで。ただ暇だからっていう理由なら、健全に……安全に? 暇つぶしして欲しい。

 だって、知っちゃっただけになんかあったら目覚め悪いじゃん。


 結果的に俺は一日で二人に嘘をついてしまったことになるんだけど……嘘も方便、だよね?


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