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第13話 能天気、口火切る

「由良ちゃんっ!? ……おれは、こんな理不尽、絶対に許せないっ!」


 千弥は、盛大に発破をかけた。

 目の前で踏みにじられる想い、健気に立ち向かう少女の姿。持ち前の正義感に火がついたのだ。


(おれが、やらなきゃ誰がやるっていうんだ!)


 へらへら、おっとりしていた雰囲気は消し飛び、怒気に満ちる。

 己よりも、他者を慈しむ気質。目の前で誰かを傷つけられれば、怒り狂うは必定。


「あっちゃー。いや、まあ、仕方ないか。やるわよ、贄川」

「は? しかし、人質が……」

「こうなったら止められないのよ、バカ兄貴。……血筋柄」


 千弥が注目を集めるなか、ひそかにボソボソと交わされるやりとり。


 鬼面衆の配下、倉科 茂は歪んだ笑みを崩さない。


「ほう、威勢がいいことだ。だが、小僧一人に何ができる? こちらには、手練れの鬼士が揃っておるのだぞ?」

「うるさいな、クソジジイッ!」

「……く、クソ、ジジイ?」


 千弥は、浴衣の袖をまくりながら、前へ出る。


「いいか、よく聞けよ。お前らがやってることは、ただの自己満足だ! 八面大王への想いも、倉科家への敬意も、全部お前らの都合のいいように捻じ曲げてるだけだッ! そんなもんで、神様が喜ぶわけねえだろ!」


 鬼士たちが殺気立つ。が、千弥は臆することなく、さらに続けた。


「だいたいな! 自分のことを、神様の後継者とか言っちゃってる痛い奴らが、人質取るなんてセコい真似してんじゃねえよ! そのために、女の子泣かせてんじゃねえ! ちっちぇしカッコ悪いんだよ、お前ら!」


 真っ直ぐで、あまりにも単純な罵倒。

 だが、純粋な怒りこそが、何より力となって、洞窟内の霊気を支配し始めていた。


「小僧が抜かしよる! 殺せッ、薬子の血を谷底に落としてやれ!」


 村長の号令の下、数人の鬼士が一斉に千弥へと襲いかかる!

 贄川が印を結ぼうとするが、それよりも速く、千弥が動いた。


 ――守るために駆ける。

 真っ先に、震えながらも毅然と立つ由良の前へと躍り出て、庇うように割り込んだ。

 一番近くにいた鬼士が、邪魔だとばかりに棍棒を振り下ろす。


「危ない、千弥様っ!」


 贄川の悲鳴。

 だが、千弥は振り下ろされた棍棒を受け流し、そのまま流れるように腕を固定、鬼士の足元に潜り込む。立ち上がりざまに崩しに入る。


「伊達に修行積んじゃいねえってのっ!」


 見事な一本背負い。ゴッ、と叩きつけられる鈍い響き、鬼士は呻き声も上げられずに沈黙する。


 続いて、抜き身の刃が、千弥の細い体に殺到する!


 ――しかし。


 千弥は、迫りくる刃を、柳が風を受け流すかように、ひらりひらりとかわしていく。

 がら空きになった胴体に、強烈な蹴りを叩き込むと吹き飛ばされ、洞窟の壁に激烈な勢いで大激突。周辺の鬼士を巻き込んで大混乱だ。


「バカなっ!? これが人の力か!?」


 さなか隙を伺っていた真弥が、動き出す。全員の意識の『間』を縫って、自身を狙っていた鬼士の首裏を指先でちょい、と触れた。


「寝てなさいよ、無礼者」


 ただそれだけで昏倒し、膝から崩れ落ちる男。

 千弥が暴れるほどに、いとも容易く吹き飛んでいく鬼士。なお、追撃の手を緩めない。


「薬子流呪法――『渦杼・捕うずひ・とらわれ』!」


 懐から数枚の呪符を投げつけると、符はひとりでに鬼士たちの体に吸い付き、金縛りのように拘束する。

 普段は見せない、淀みない術の発動。薬子家の長子としての、底知れぬ才覚の片鱗だった。


「な、なんだ、こいつ! 報告と違うぞ!」

「動きが読めん!」


 鬼士たちが混乱する中、千弥はニヤリと笑う。


「言ったろ? お前ら、カッコ悪いんだよ」

「兄貴、左ッ! 合わせなさい!」

「おう!」


 真弥が投げ放った呪符が、ぱっと閃光を放ち、鬼士たちの目を眩ませる。その隙を、千弥は見逃さない。

 電光石火の如く駆け抜け、人質たちを縛る縄を、懐から取り出した小刀で断ち切った!

 もう片側は、贄川がすかさずフォローに入る形で、解放していく。


「しかし、まさか本家のお二人がここまでとは」

薬子本家あたしらなめんなっての。……お役目を任されてんのは、あたしらだけで戦力的に十分ってことよ」


 勢いに乗った千弥は、次々と向かってくる鬼士たちを、いなす、かわす、崩す。洗練されているとは言い難いが、予測不能。

 だが、出鱈目な暴れっぷりを読み切って、利用するのが妹の真弥だった。


「おのれ、おのれ、おのれェっ!」


 兄妹の見事な連携。意外な抵抗に、茂の顔に初めて焦りが浮かんだ。

 時間をかければかけるほど、外にいる卜部 壱武が異変に気付く可能性があった。


(卜部は、八面大王にとって天敵の家柄。来れば、万が一もあり得る!)


 が、なぜか、その光景を眺めていた、首領らしき男は興味を失ったように背を向けた。


「倉科、役目を果たさずに終わることは許さんぞ」


 鬼面衆の首領が、側近らと共に姿を消す。洞窟内に取り残された、倉科 茂の顔から血の気が引いていくのが分かった。

 残された鬼面衆たちにも動揺が走り、動きが鈍る。


「終わりだ、じいさん! 今すぐ、みんなを解放してお縄につけっ!」


 だが、倉科 茂はわなわなと震える手で、懐から取り出した古びた呪具を握りしめていた。


「まだだ。まだ、終わっておらんっ! 我が神の御力を、この身に賜るまではっ!」

「まだそんなこと言ってるのか!」

「そうだとも! 我らこそが! 八面大王様の慈悲と、苦しみを真に受け継ぐ者! お前たちのような、朝廷の犬どもに、我らの悲願が汚されてたまるものか!」


 追い詰められた倉科 茂は、鬼気迫る形相で、祭壇へと駆け寄った。

 鎮魂の儀が壊され、禍々しいまでの妖気を放つに至った『歓喜の相』を、乱暴に掴み取る!


「薬子家が無理ならば、由良っ! お前の清らかなる魂を贄とし、我が身に神を降ろす! もはや、それしかあるまいっ!」

「お爺様、なりませぬ! その面は、決して人が被って良いものでは!」


 由良の悲痛な叫びが、虚しく洞窟に木霊した。

 倉科 茂は、狂気の縁に立った瞳で一行を睨みつけると、満面の笑みをたたえた木彫りの面を装着していく。


「ぐおおっ! ぬおぉぉぉおおっ!!」


 ――ぎしり。


 最初の変化はそれだった。

 人間ではありえない角度に、身体が、筋肉が、骨が軋む。肉が盛り上がり、みるみるうちに膨れ、肉と肉が、皮と皮が千切れ、凄まじいまでの妖気が、濁流となって噴出してくる。

 人の器には到底収まりきらない力が、肉体を内側から無理やり作り変えていったのだ。


「……なんて、ことを」


 千弥の口から呆然と、嘆きが落ちた。


「キ……ヒ、ヒヒッ! ヒャアハハハハァッ!!」


 【歓喜の相】と一体化した茂の口から発せられたのは、甲高く、脳を直接揺さぶるような笑い声だった。


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