それからもしばらく怒り続けたお嬢様。落ち着かせようと、どうどうとジェスチャーしたらまた怒るんだもんな。血圧上がっちゃうよ? 若さに身を任せるのも程々にしないと。
やっと解放されたのは開始から二十分後、それでもプリプリしながら離れていった。あそこまで怒り続けられるんだからホントにアグレッシブだなぁ。
ま、いいや。だったら壁の花にでも徹しようじゃないか。そう思って、壁に背を預けながら会場内を見渡していると、傍のテーブルには美味しそうな食べ物がたっくさんあるじゃないか!
これ食べていいの? いやいいよね、私一応ゲストだしぃ。という訳でいっただきまーす!
あ、これ美味い! あ、これも美味い! このビスケットの上に載ってるクリームはクルミかな? はっはぁ、美味すぎて止まらないぜぇ! このラスクも爽やかな甘味が堪らんサクサク。おっ、こっちのタルトも涎もの。どれ一口……。
「やあ、お嬢さん」
「ふぉお? おふぉうふぁんふぇわふぁひふぇふふぁ?」
「フフ、食べてからで構わないよ。むしろ、お食事を邪魔したこちらが悪い。済まなかったね」
そういういう事なら遠慮無く。咥えていたタルトを、多少名残惜しいがごっくんとすると、マスカットのジュースでリフレッシュ。
……これ美味しい! もう一杯飲んじゃおっと。
「ぐびっ……と。う~ん! あ、はしたないとこ見せちゃって。まっことすまない話ですわ」
「さっきも言った通り、食事中に話しかけたこちらが悪い。マナー違反をお詫びしたい」
「いえいえ~。ま、そこら辺はお相子って事で……はい、終わり! ってね」
その人物は口元に手をやるとお上品に笑みを浮かべた。
あらま! 良く見てみるととんでもないイケメンさんだ。年は私と変わらない位だろうけど、物腰が紳士だぜ。ウチの学園の男子共には欠片も無い要素だな。
海色の青い髪に、深海のような深い青の瞳。まるで王子様みたいにキラキラ輝いているぞ。上流階級特有のキラキラだろうか?
「それで、私に何か用事でも? しかしこんな深窓の壁の花に声を掛けるとは、お兄さん目の付け所が違いますなぁ。はっはっは!」
「君は本当に面白いね。だけど用事という程のもので話しかけた訳では無いんだ。ただ、君と話をしてみたくて、ね?」
「ナンパですかい? いやん照れちゃう! ……といってもこんな所で殿方とのロマンスにふけってるとお嬢様に𠮟られそうなので。また何処かでお会いしたら、その時こそお茶でもしばきましょう! へへへへ、奢ってくれるなら尚の事嬉しいんですがね」
「これは袖にされてしまったかな? 残念だ。ならばせめて、この哀れな男に貴女と会話をする権利を下さりはしないだろうか?」
「うむ、くるしゅうない! ……へへ、お兄さん中々のお上手ですね。それでは私が直々に質問タイムを設けようではないか! さぁ何でも聞いてくれたまえよ! スリーサイズ? あ、それは乙女の秘密って事で」
「そうだね。僕が一番気になるのは、君の名前かな? 見た所、コッテンパー家の人間には見えないけれど」
なるほど、確かに見慣れない人間が居たら気にもするわね。
ま、減るもんじゃなし。ご近所におすそ分けする感じに教えたりましょう。
「いやはや、アタイはロモラッド・ド・レモレッドなんていうケチな女でさぁ。以後お見知りおきをってなもんで」
「そう。僕は……ラピウート、とでも名乗っておこうかな?」
「こりゃまた……そちらさんの方が身持ちはお固いようで」
「すまないね、これ以上は勘弁して貰えるかな?」
「もち! ま、人それぞれの事情ってもんもあるでしょう。出来た女なんで、その辺りは飲み込みますよ、ぐいっとね! あ、ぐいついでにジュースをもう一杯」
「フフ……。いや、本当に君と話が出来て幸運だな僕は」
それから、他愛もない話は続く訳で。
しかしながらこのお兄さんも聞き上手なもんで、スイスイーっと話ちゃう私。あかん、このお兄さんと話してるとスベり知らずと勘違いしちゃうね。
「もうラピさんったらお上手~。どこかのお固いお嬢様とは大違い」
「いやいや、聞く事の重要性を父から教えられて来ただけさ。それに、彼女は多少融通が利かないかもしれないが、それでもいい所は沢山あるさ」
「ええ、あんな面白い人中々いませんからね。相方見つけて地方営業とかしたらものすごい仕事持ってきそう、みたいな?」
「その例えも簡単に出てくるものじゃないと思うけど」
そんな会話を楽しんでいた時だ。
会話をしながらヒョイヒョイ抓んでいたからお腹は空いていないお昼の一二時頃、どん! と大広間の扉は開かれた。
「ルーゼンス! 君の婚約者が迎えに来てやったぞ!!」
一斉にそっちの方に集まる視線達。
当然、私も眼から光線でも撃たんばかりにその方向をビィィッと見つめる。
そこに立っていたのは、何とも高慢ちきな態度でふんぞり返っている男だった。
燃えるような赤い髪、そして真紅の瞳。まるでルビーの宝石みたいだ。その態度、派手が過ぎるスーツから自分に対する自信を暑っ苦しいぐらいに周囲に放っている。
やだ~、こんな真夏には絶対関わりたくないタイプだ。
……あれれ? あの男まさか……。
「また貴方ですの、ドゥローさん。わたくしは婚約などしないとそう言っているでしょう」
「ふっ、それが君の照れ隠してあることは既に先刻承知。いい加減素直になるんだ、俺と結婚したいとな」
「あの男性……確か、ボーテルド伯爵の子息のはず。何故このようなところに?」
「それが最近、ルーゼンスへ付きまとっているらしい、という話を聞き及んでおります。まさか招待されてもいないパーティーに乗り込んでくるとは思いませんでしたが」
「私も聞きました。同じ学園に通っていた彼に付きまとわれているせいで、転校を余儀なくされたと」
「まぁ! なまじ伯爵の位である為、学園側も強く出られなかったそうですわ。それで逃げるように今の学校へ……」
ふぅん、なるほどそうだったのか。何でまた公爵家のお嬢様が転校して来たのかと思っていたけど、ストーキングされていたなんて。
だからあの時……、そういうことか……。
「ラピさん、ちょっと席を外させてもらいますわ。私ったら急な野暮用が出来てしまいましたの」
「ん? そうかい。……どこまでするつもりかは分からないけど程々に、ね」
ありゃま、なんとなく見抜かれてるわ。このイケメンさんったら顔だけじゃなくて頭もようござんす。
それならそれでいいか、じゃちょーっと灸を据えてきましょうかね。
「認めたらどうだ? 俺と君は結ばれる運命にある。照れる君も素敵だが、残念なことに俺はあまり駆け引きが苦手なのだ。結論はすぐに出して手元に置きたくなる性分でね」
「結論はすでに出ているでしょう。わたくしは貴方と婚約などいたしません! 折角、親類の集まるこの大事な場を……いい加減にしてくださいまし!!」
「だからこそ来た。君の親戚一同に婚約者の顔を見せるチャンスなのだから。……さあ皆さん! この俺こそが……」
「十六歳の頃に夜の山に忍び込んで一晩中泣きながら彷徨っていた、お漏らし令息のドゥローでござい!」
「ッ誰だ?! 何故そのこっ……デタラメを言うのは?!!」
「あらら? ドゥロー君ってば相変わらずおめでたいんだ。元婚約者の声を忘れちゃうなんてねぇ」
「な!? お、お前はッ! どうして、何故ここにいる?!!」
何故ここにいるかどうかと聞かれても、そっくりそのまま返してやる。
こちとらお嬢様のゲストだが、アンタはただの侵入者だろうが。
「は~い! 昨日ぶりねドゥロー。アンタの”元”婚約者のロモラッドちゃんとは私の事。いつ見てもおつむの出来は悪そうだこと」
「お、お前ぇ!! たかだか子爵令嬢如きが、このロイヤルな場に居て良いと思っているのか!!」
「アンタは鏡見た事無いの? あ、そうか! アンタの馬鹿さ加減に耐えられずに鏡が割れちゃうんだ、納得ぅ。良かったわね、ブーメランの突き刺さった顔を見ずに済んで」
顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
あ~あ、お嬢様達の前でみっともないったらありゃしない。
ここまで無様を晒してなら、もう流石にカッコつけることもできないでしょ。
さっきまでの緊張したムードが一転して、今はもう元に戻っている。