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第3話

「着きましたわ。ここは当家が所有するゲストハウスの一つですの」


「はえ~、おっきい……」


 馬車に揺られて四十分くらいかなぁ。

 喧騒の街を抜けて、静かな森のそばにある大きな屋敷へとやってきたぜ。


「さ、中に入りましょうか」


「はぁ……めんどくさいなあ」


「……せめて口に出すのはおやめなさい」


 玄関の扉を開けると、そこにはメイドの人たちがズラリと勢揃いしていた。


「お待ちしておりました、ルーゼンスお嬢様。そちらが今回のパーティーに参加して下さるご学友の方でしょうか?」


「学友、という表現にいささか引っかかりを覚えないでもありませんが、ロモラッドさんです。さ、ロモラッドさん? ご挨拶をなさいな」


 一番偉そうなメイドさんと話していたお嬢様は、この私に挨拶をしろとおっしゃってきた。

 挨拶、ね。まあ挨拶程度、堅苦しいもんでも無いでしょ。


「ただいまご紹介に預かりましたロモラッド・ド・レモレッドでございます! しかし皆様方、世間では夏化粧が人に物に自然にと爽やかな彩りを与える今日この頃! 私なんぞは最近熱帯夜に悩まされてダラダラと汗を流しながら、それでも高いびきをかく事をやめられず。母親にも昔から、あんたという子は面倒くさがりと呼ばれ、窓一つ開けるよりも睡眠を優先するなど、流れる汗のようにダラダラとした性分でございまして――」


「あ、貴女はさっきから一体何をおっしゃってるんですの?!」


「え? だって挨拶をするようにと……」


「貴女何か勘違いをなさってますわ!!」 


 何さもう、挨拶しろって言ったのそっちなのに……。


「こ、これはまた……。随分と個性的なご学友様でいらっしゃいますね、お嬢様」


「~~ッもう!! ロモラッドさん! 貴女という方はッ!!!」


 何で怒られてだろ私? だってメイドの人達口元抑えて笑ってるんだから、掴みの挨拶はバッチリでしょうに。


「お嬢様、そう声を荒げずに。まずはお部屋に案内致しませんと。……それではロモラッド様、こちらへついて来て下さい」


「あ、はーい」


「……もうっ! 何なのかしらこの人は! わたくしがこんなにも苦労しているというのに!」


 おぉ怖い。そんなに怒鳴ると血圧上がりますぜ?

 なんてのは置いといて、メイドさんにトコトコとついて行きましょ行きましょ。



 そうして通された部屋は……こりゃまた立派な衣裳部屋。

 ここでドレスに着替えろと?


「ロモラッド様は、何かご希望のデザインなどはございますでしょうか?」


「はぁそうですねぇ。白と黒を基調として、スカートがふんわりと長くて、それでいて動きやすさを重視したようなそんな……」


「貴女それはメイド服ではありませんか!? ロモラッドさん、貴女はこれからパーティーに出席するんですのよ? 馬車の中で散々説明したでしょう!!」


 ダメかぁ。せっかく楽に過ごせそうだったんだけどなぁ。


 仕方ないので、メイド長と思わしき人のオススメに任せることにした。それにしてもこのメイドさん、お嬢様に負けず劣らずの美人さんじゃないか。きっと男を切らした事なんて無いんだろうな。男を手玉に取る手腕について後で話を聞いてみたい。


 そんなこんなでドレスチェンジ。さぁてその出来栄えとは?


 鏡の前に移動した私。そこに映っていたのは、爽やかな夏にピッタリの空色コーデ! 上質な気品漂うフレッシュさにマッチする花も恥じらう深窓の乙女とはまさしく私の事である。

 ヒュー、ビューティフル!


「結構なお点前で。流石、幾多のメイド達を従える貴女の敏腕には只々感服するばかりです」


「まぁ、ありがとうございますロモラッド様。お褒め頂き光栄で御座いますわ」


「流石という程の付き合いは全く無いでしょう。貴女も付き合わなくていいんですのよ?」


 そんな細かいところはいいじゃないか。


 ◇◇◇


 二人してドレスに着替えた後、パーティー会場へと移動する。


 何でも何でもコッテンパー家の親戚一同が会する私的なパーティーらしいが、公爵家ともなればそれはもう大規模なものになる。……私の親戚なんて人数も少ないから飯屋で飯食って終わりなんだよねぇ。いいかそんな事。


 さてとじゃあこいつの出番かな? 私は密かに練習していたマンドリンを取り出す、こいつで会場の雰囲気を温めてやろうじゃないか。


 と思っていたのに何故かお嬢様に取られてしまった。


「何するんですか! 人がせっかく持ってきたのにぃ」


「どこに隠し持ってましたのこんなもの! ダメです没収ですわ。貴女に貴族の気品を学ばせる為にお呼びした事をお忘れですか? このような物で場を盛り上げようなどと、そのような考えを持ってもらっては困りますわ」


 えーそれは横暴じゃない?


「えぇ~……。じゃあどうすれば良いって言うんです?」


「貴女に求めるのは優雅な貴族たる振る舞いですわ。それを今日しっかりと学び、そして今後に生かすのです」


「うぅむ。しかし私に出来るんでありましょうか?」


「大丈夫です。私の真似をすれば必ずやれます」


「本当でしょうか?」


「ええ勿論です」


「ええ本当に?」


「くどいですわね! とにかく周りを良く見て、そしてらしい振る舞いというもの覚えるのですわ。しかしただ合わせるだけでもダメ、しっかり自分を主張する事も貴族に求められた優美である事も知りなさい」


 やっぱりめんどくさいなぁ、なんて思うけど仕方ないからここは素直に返事をしてあげようじゃないか。


「へいほいはい」


「はいは一回!」


「一回しか言ってませんが?」


「……んんああもう!!」


 お嬢様は頭を抱えながら、それでも何とか持ち直すと、 パンッ! と手を叩く。

 するとそこには、先程までのお怒り顔が嘘のような、淑女然としたお嬢様の姿があった。


 なるほど、これがお嬢様の本当のお姿、とでも言うのだろうか? 我々はその真相を探るべくパーティー会場へ潜入することにした」


「貴女何を言ってますの? いいから早くついて来てくださいまし」


「あ、はぁい」



 お嬢様の後に続いて、私達は会場の中へと足を踏み入れた。


「おおぉ……!」


 そこはまさに別世界。

 煌びやかなシャンデリアに照らされた室内は、まるで昼間のように明るい。

 はえ~、こりゃ学園の体育館を貸し切った学生の舞踏会とは大違いだなぁ。


「さ、ロモラッドさん。まずはそこでわたくしの優雅な振る舞いを見て、しっかりとお勉強なさいな」


 そう言うと、お嬢様はとあるテーブルに移動して何やら上品なマダムに会釈をして会話を始めた。


「お久しぶりですわ叔母様。ご機嫌はいかがかしら?」


「まぁルーゼンス、久しぶりね。こうして貴女の大きくなった姿を見られるだけでも、このパーティーに参加した甲斐があるというものよ」


「ふふ、わたくしの成長が叔母様を楽しませているとあれば、これに勝る喜びはそうありませんわ」


「あら嬉しいこと言ってくれるわね。……どうかしらこちらのジュース? 私の故郷で取れたマスカットから作られたものだけれど、是非感想を聞かせて貰いたいわ」


「では頂きます。……うん、とても美味しいですわ。甘みと酸味のバランスが絶妙です。それに香りは正しく叔母様の故郷の土壌が優れたものである事を示しています。しかしながら、当家の農地で栽培されたフルーツも決して負けるものではありません。本日はそれを是非、味わって頂きたいですわ」


「流石の弁舌ね。そちらの成長も体験出来て、私もまだまだ負けられない気分にさせられるわ。ふふ、やっぱり来て良かった」


(まあこのようなところでしょうか? さてロモラッドさん、貴女はこの華麗なやり取りを見てどう思うのかしら? ……って!!?)



「いやそれでですね? すっかり出来上がったその酒屋の旦那様が、田んぼの前でどっかり座って『この野郎は俺の酒をまーったく飲みやがらねぇふてぇ野郎だ!』と言いまして、それを見てあたしゃ言ってやったわけですよ『おたくさん、ウシガエルが酒を飲むわけないじゃないですか。下戸だけに』なんつって!」


「ほえぇ、随分と変わった話をお知りで」



「何をやってるんですのロモラッドさん!!」


 パーティーに出席していた来賓の方と話をしていただけなのに……。

 何でかまたお嬢様は怒って私の方へと飛び出して来た。この人以外とアグレッシブだなぁ。


「え、何です? ウィットに富んだ会話で社交の場を盛り上げていたのに」


「何です? ではありません! 大体何ですのこの扇子は?! 没収!!!」


「あぁそんな……。ひど~い、さっきから人の私物を取り上げて」


「私の立ち振る舞いを見て、貴族令嬢らしさを学べとそう申しつけたはずでしょう!?」


「だからそれに倣って来賓の方を楽しませてですね……」


「一体わたくしの何を倣ったらあんな会話になるというんですの?!」


「やだなぁ、ちょっとした自己アレンジじゃないですか」


「原型が無いでしょうが!!!」


 折角の和やかな雰囲気なのに、そんな大声出す必要無いじゃないか。私はただ、お嬢様の真似をすれば良いって言うからそうしただけだ。


 一体何が違うと言うんだろうか? しかしお嬢様は納得していないようで、 うーん。



「ふふ、まさかあの子のあんな姿を見る事になるなんてね。大人びたように感じていたけど、まだまだ年相応に楽しそうじゃない。そうよね、私達みたいな大人と話すより、ああして友達とはしゃいでいる方がずっと素敵だわ。あんなに面白い友達を持てるなんて、正直羨ましいわ」

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