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第2話

 というわけで、舞踏会の中央を開けてお互いに向き合う私とイケメン従者さん。

 彼の後ろでは、ルーゼルスお嬢様がドヤ顔で仁王立ちしていた。


「さて、お待たせいたしましたロモラッド嬢。お覚悟の程よろしいですかな?」


「ええ勿論。私もマンドリン奏者の端くれ、いっちょやったりますぜ!」


「……どのような楽器の使い手であろうと、この場合は関係無いのでは?」


 確かにそうとも言うけど。


 それはさておき、私たちはお互いに腰につけていたスモールソードを取り出す。

 貴族の決闘と言ったら昔から剣と決まっている。スモールソードはそんな需要の中生まれた貴族のたしなみだ。今や老いも若きも男も女も、貴族ならばスモールソード。もはやスモールソードでなければ人間では無いと言わんばかりの勢いなのだ。


 剣をお互いに向けて突き出す。


「では行きますよ。合図はこのコインが落ちたらということで」


「どうぞ」


 ごく短いやり取りを追え私は手に持っていたコインを空中に投げる。


 緊張感の走る中、ほんの数秒が長く感じるが……やがてコインが床にチリン。


 瞬間、イケメンさんは片手に持った剣を真っすぐ突き出したまま、こちらにものすごい勢いで突進。


 では私も行くぞ!!



「……あっち向いてぇホィ!!!」



「………………ハ! しまった!?」


 たとえどのような人間でも、あっち向いてホイとやられれば顔をいずれかの方向に向けなければ気が済まない。この絶対的人間の心理を私は利用した。


 致命的な隙、もらったぜ!


「どっせい!!!」


 手に持ってきたスモールソードを床にピョイして、イケメンさんの隙だらけの腕を取ってヒョイン。イケメンさんはそのまま勢いよく顔面から地面へシューッ!


「ぶべば!!?」


 奇声を上げながら、顔面を地面にドスン。その衝撃で脳がガツンして意識をバタンしてしまった。

 哀れ。


「プ、プランセートッ!!?」


 まさか負けると思ってなかったルーゼンスお嬢様は、自分の従者の名前を叫びながら倒れたイケメンさんの傍まで駆け寄る。そしてその肩を揺すりながら、泣きそうな声で呼びかけるが返事はない。


「あ、貴女!! これで勝ったと思わないことね、覚えてなさい!!!」


 お嬢様はイケメンさんを魔法で宙に浮かせながら、会場をスタコラと出て行った。


 ふぅ、勝負の後っていうのはいつも虚しいもんだぜ。


「というわけで私の劇的な勝利で終わりました!! みんなテンション上がってるゥ?!」


「「「イェエエエイ!!!」」」


 今の勝負のおかげで会場のボルテージも絶好調。

 我々清い学生一同は、例年通り朝まで騒ぎ立て……教師連中にお叱りを受けるのだった。



「お前らなぁ、学生のうちから羽目を外すことばっかりやってたら禄な大人にならんぞ!?」


「そうは言っても先生さ、私たちはもうすでにロクなもんじゃないのだから……」


「その開き直りをどうにかしろって言ってんだよ!」


 正座で説教を受ける私達。


 その裏でとある令息の思惑が動いていたなど、この時は知る由も無かったのだ。



 ◇◇◇



 今日から夏休み。


 学園の生活から解放された生徒たちは、各々の予定を夏休みの課題と膝を突き合わせながら計画する休み初日。

 会場の清掃を終えた私は、寮の部屋でこれからどうするべきか考えていた。


 どうすっかなぁ、実家帰るかなぁ。でもこのまま夏休み一杯自分探しの旅に出るというのも。

 ……課題? 知らん。


 頭の中でうんうんとあれじゃないこれじゃないと考えながらラフな姿でベッドに身を投げ出していた時、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。


 え~出たくないなぁ。

 といっても出ないわけにはいかないので、仕方な~く出る事にしました。


「はいはい今行きますからねぇ」


 気だるさを引きずりながらも部屋の扉を開くと……。


「昨日ぶりですわね、ロモラッドさん」


「あ、宗教の勧誘ならお断りしておりますので。我が家は代々神道系を信仰しておりまして……」


「違いますわよ! 昨日あったばかりでしょう!? 大体我が国には一神教しか無いはずですわ!!」


 なんだこの人は? 朝からそんなに怒鳴るなんて変わった人だな。

 ……あ! よく見たらルーゼンスお嬢様じゃん。

 なんで私の部屋知ってんの? えーなんかめんどくさい気配。


「この度はどのようなご用件でしょうか? 実を言うと私これからちょっと急ぎの用がございまして出発しなければならないんです」


「その割には随分と楽な格好をしていますが? わたくしには部屋着以外の何物にも見えません」


 しまった見破られてしまった。さすがにこの格好じゃきつかったか、反省。


「まあいいわ。それよりも貴女、お暇ならわたくしについてきなさい」


「え、どこに連れて行こうと言うんですか? ま、まさか昨日の御礼に舎弟達にリンチさせるつもりじゃあ!?」


 そうだ! このお嬢様はヤンキー集団のボス。暴力で何でも解決するような危険集団のヘッドなのだ!


 何ということだ!? 下手をしたら私の人生はここで終わる!!


「そんなわけないでしょう!? 全部貴女の勝手な憶測だという事を自覚なさい! わたくしには危険思想を持つ部下などおりません」


 何? そうだったのか。

 てっきり前の学校で校舎中の窓ガラスを壊して回ったりしたから、こんな場末の学園に飛ばされて来たもんだと。……後で生徒会長にも教えてあーげよっと。


 しかしそれだったらどこに連れて行くと言うんだろうか? ほんのちょぴっとだけ気になった。


「貴女はこの学校において、最も貴族の品格を持たない者と判断いたしました。そんなあなたを更生すれば、他の方々もきっと己の貴族としての本文を自覚する事でしょう」


「つまり私に貴族のなんたるかをわざわざ教えに迎えに来たと? ……あ、間に合ってますんでどうぞお帰りください。実は言うと私これからちょっと急ぎの用がございまして……」


「それはさっき言った嘘でしょう。……貴女がどう思おうと来ていただきますわ。これからのわたくしの学園生活を優雅なものにする為にも、この学園の生徒たちの意識を改革せねばなりません。誉れに思いなさい、その第一人者となることを」


 いいよ、遠慮するよもう。これまで通りグダグダ生きていきたいんだけど。


「拒否権を発動いたします」


「そんなものはありません! さあドレスに着替えて出発いたしますわよ」


「えぇ……。じゃあ、あれです。私のドレスは虫食いにあったので、到底よそ様の御宅などへお伺い出来るものでは無いのですはい」


「……本当のことを言ってるようには思えませんわね。しかし来てもらいます。ドレスがないならこちらで用意をいたしますので、貴女が不安に思う事はありませんわ」


 逃げ道を塞がれてしまった。えぇ行くの? めんどくさ~い。

 しかしこのまま帰ってくれそうもないので。仕方無い、ついて行くか。


「そう言えば昨日のイケメン従者さんの姿が見えませんが?」


「彼は貴女に負けたショックで剣の修行をやり直すと休暇を取得しましたが何か?」


 あ、これは怒ってるな。


「さ、早く準備を済ませてくださいまし。時間が勿体無いですわよ!」


「はぁ~……」


 私はため息をつきながら、クローゼットの中からテッキトーな服を取り出す事にした。とりあえず部屋着じゃなきゃなんでもいいでしょ。

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