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第8話 膝上の温かさ

読んでいた本をそっと閉じて、ワカヒトはふと視線を落とした。

膝に顎をのせて眠るワカネ。

小さな身体が、わずかに上下している。まるで子猫のような寝息。


(……寝にくそうだな)


そう思いながら、気配を乱さぬように腕を差し入れ、小さな体を抱き上げる。

膝の上に乗せると、その子はうっすらと目を開けた。


銀の瞳――

夜の星をそのまま閉じ込めたような光。

それが、ゆっくり瞬いて、ふんふんと鼻を動かした。


ワカヒトの裾へ顔を寄せて、くん……と匂いを嗅ぐ。


(……確認してる?)


すぐにワカネは、ふわりと頭をワカヒトの胸に寄せた。

鼓動の音に耳を澄ませるように。安心したように。

そしてまた、眠りの波へと静かに沈んでいった。


ワカヒトは、そっと小さな背を撫でた。

まだ柔らかな鱗が、わずかに指先を押し返す。あたたかく、壊れそうなほど軽い。


(……この子は、きっと苦労する)


見た目からして、すでに“異質”だった。

黒に近い鱗、鹿のような脚、龍とも獣ともつかぬ姿。


父上から聞かされた「秤の子」の話。

それが一族の中でも限られた者しか知らない“秘伝”である以上、この子の出自や存在は外には語れない。

語れば恐れられ、忌まれ、孤立する。


(きっと、ずっと“わからない”と言われ続ける)


母に拒まれたことが、それを何より先に証明していた。


だから――


だからこそ、自分だけは。


この家で最初に「妹」としてこの子を受け入れた自分が、最初に抱いた兄としての手が、この子の安心の記憶になれるのなら。


(味方でいよう)


自分はこの子の味方でいよう。


誰に何を言われても構わない。

誰よりも、近くで、静かに支える存在でありたい。


風が静かに鳴っていた。

結界の鈴が、細い音で家の息づかいを刻んでいる。


ワカヒトはもう一度、小さな背をゆっくり撫でた。


ワカネは少し身じろぎして、兄の胸に、より深く寄り添った。

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