読んでいた本をそっと閉じて、ワカヒトはふと視線を落とした。
膝に顎をのせて眠るワカネ。
小さな身体が、わずかに上下している。まるで子猫のような寝息。
(……寝にくそうだな)
そう思いながら、気配を乱さぬように腕を差し入れ、小さな体を抱き上げる。
膝の上に乗せると、その子はうっすらと目を開けた。
銀の瞳――
夜の星をそのまま閉じ込めたような光。
それが、ゆっくり瞬いて、ふんふんと鼻を動かした。
ワカヒトの裾へ顔を寄せて、くん……と匂いを嗅ぐ。
(……確認してる?)
すぐにワカネは、ふわりと頭をワカヒトの胸に寄せた。
鼓動の音に耳を澄ませるように。安心したように。
そしてまた、眠りの波へと静かに沈んでいった。
ワカヒトは、そっと小さな背を撫でた。
まだ柔らかな鱗が、わずかに指先を押し返す。あたたかく、壊れそうなほど軽い。
(……この子は、きっと苦労する)
見た目からして、すでに“異質”だった。
黒に近い鱗、鹿のような脚、龍とも獣ともつかぬ姿。
父上から聞かされた「秤の子」の話。
それが一族の中でも限られた者しか知らない“秘伝”である以上、この子の出自や存在は外には語れない。
語れば恐れられ、忌まれ、孤立する。
(きっと、ずっと“わからない”と言われ続ける)
母に拒まれたことが、それを何より先に証明していた。
だから――
だからこそ、自分だけは。
この家で最初に「妹」としてこの子を受け入れた自分が、最初に抱いた兄としての手が、この子の安心の記憶になれるのなら。
(味方でいよう)
自分はこの子の味方でいよう。
誰に何を言われても構わない。
誰よりも、近くで、静かに支える存在でありたい。
風が静かに鳴っていた。
結界の鈴が、細い音で家の息づかいを刻んでいる。
ワカヒトはもう一度、小さな背をゆっくり撫でた。
ワカネは少し身じろぎして、兄の胸に、より深く寄り添った。