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第24話  宴(3)

早川思織はもともと紀康にいい印象を持っていなかったし、その取り巻き連中なんてなおさらだ。

彼女は中村和生の手をきっぱりと振り払い、あからさまに嫌悪感を示した。


「もちろん、私の親友の梨紗ですよ。ほかに誰がいるっていうの?」


梨紗の姿をここで見かけて、思織は驚きと喜びが入り混じった表情になった。紀康が梨紗をこんな場に連れてくるわけがないと知っていたからだ。以前、思織は梨紗に何度も言い聞かせていた。


「自分の人生なんだから、旦那さんの顔色なんて気にしなくていいのよ。誤解されるのを恐れて、何もかも我慢することないじゃない。」


今日、梨紗が堂々と華やかに現れたのを見て、思織は心の底から嬉しかった。


「今日はちょっと用事があって、来たの。」


誰かが小声でつぶやいた。


「あの梨紗って、早乙女若菜のスタンドインじゃなかった?」

「あ、そうだ! 前に見かけたことある。確かにスタンドインだったよ。」

「スタンドイン?」


思織だけでなく、小田監督も驚きを隠せなかった。


「梨紗、君……君は早乙女若菜さんのスタンドインだったのか?」


梨紗は一瞬、どう説明すればいいかわからず口ごもった。


「小田監督、その件はまた後ほどご説明します。」


思織は瞬時に怒りを爆発させた。


「梨紗! この前『仕事が決まった』って言ってたの、まさかスタンドインだったなんて……! もう、何て言えばいいのよ!」


彼女は梨紗を思いやる気持ちと怒りでいっぱいだった。

梨紗はもう、無意識に紀康の顔色を伺うこともなかった。今となっては、紀康がどう思おうと関係ない。むしろ、思織の反応のほうが戸惑わせる。


「神崎さん!?……」


思織は紀康を問い詰めようとしたが、梨紗に急いで腕を引かれた。


「思織、あとでちゃんと説明するから。」

「説明も何も……彼がはっきり……」


思織が言いかけた瞬間、梨紗は慌てて思織の口をふさいだ。

思織は大きな目で怒りと悔しさをあらわにした。

梨紗はできる限りのことをして、小田監督や周囲の人に軽く会釈してから、思織を連れて会場を後にした。


早乙女若菜は口元にかすかな笑みを浮かべていた。やはり梨紗は、友人に自分と紀康の関係を暴かれるのを恐れている。まったく、いつもと変わらず弱いままだ。紀康の前で、梨紗は一度も自分の希望を口にしたことがない。


中村和生は何かを察したように、軽い口調で言った。


「今日ここに来たのは、小田監督に取り入ってデビューを狙ってるんじゃない?スタンドインはもう嫌になったのかな?」


小田監督の顔色が曇った。先の空気の異様さには気づいていたが、所詮他人の家庭の問題に自分が口を挟むべきではないと判断した。


早乙女若菜も内心ではすべてを悟っていた。梨紗は最近、仕事を辞めたがっていたが、自分の容姿に少し自信がついたから、芸能界で自分と肩を並べたいと思ったのだろうか。

なんて身の程知らずな――。

彼女は再び表情を整え、監督のほうを向いた。


「小田監督、どうかお力添えいただけませんか?」


小田監督も、なぜ梨紗が早乙女若菜の申し出を頑なに断ってきたのか、ようやく事情が見えてきた。だが……神崎社長からの圧力に、彼女が耐えきれるのだろうか。


「早乙女さん、申し訳ないが、私が口出しできることじゃないんです。」

「それなら連絡先だけでも教えていただけませんか? 私たちで直接、暁美帆先生に連絡を取りますから。」

「もう先生にはメッセージを送りましたが、まだ返事が来ていません。」

「私は本当に先生と仕事がしたいんです。どうか、よい印象を持っていただけるよう、お力添えをお願いします。」


早乙女若菜は心からそう頼み込んだ。

小田監督は曖昧に返事をした。


その対応に、若菜は少し意外そうな表情を見せた。紀康も高橋青石も中村和生も、わざわざ自分のために顔を立ててくれているのに、それでも監督は断るのか。あの脚本家は、なぜ自分にそこまで拒否感を持っているのだろう。


高橋青石が横で口を挟む。


「監督が連絡先をくれなくても、紀康が何とかするさ。直接会う場をセッティングできるだろ。」


若菜は微笑みながらうなずき、別のグループのほうへ目を向けた。


「じゃあ、あちらにもご挨拶しに行きましょう。」


この夜、神崎紀康、高橋青石、中村和生――業界のトップにいる男たちが、進んで早乙女若菜の引き立て役を務めていた。


――――――


会場を出ると、思織の怒りはもう抑えきれなかった。


「梨紗! 本当にどうするつもりなの? あなたは気にしなくても、私には紀康が早乙女若菜を連れて堂々と歩いているのが許せない! あの二人の関係、全部暴露してやりたい。みんなから軽蔑されればいいのよ!」

「それでスッキリする? 復讐できたって思う?」

「少なくとも気が晴れるわよ! 二人の関係が明るみに出れば、神崎家なんて一瞬で評判が地に落ちるし、早乙女若菜も一生愛人のレッテルが消えない。芸能界でも終わりよ! 最高じゃない!」


梨紗は親友を見つめながら、少し羨ましそうな目をした。でも彼女は思織とは違う、梨紗なのだ。


「思織、もし私があなただったら、迷わずそうしてる。でも、私はできない。祖父の会社はまだ彼の影響下にあるの。もし彼が潰れたら、祖父の会社も巻き添えになる。」

「祖父はもう年だし、そんなショックに耐えられない。もし祖父に何かあったら、一番後悔するのは私よ。」

「梨紗、ごめん。私、そこまで考えが及ばなかった。」

「気にしないで。私たちは育った環境も違うし、考え方も違う。心配してくれて、ありがとう。でも、私はわがままなことできない。」

「それに、もし紀康が本当に追い詰められたら、離婚を引き延ばして、私にも借金を背負わせるなんて言い出すかもしれない。」


思織は目を見開いて驚いた。それは……十分あり得ることだった。

梨紗は疲れたように微笑んだ。


「でも、私と彼の結婚生活は……もう限界だと思う。」


思織は梨紗を抱きしめて言った。


「梨紗、これからどうするの? 離婚の話、してくれそう?」


「わからない。」


梨紗は首を振った。


「聞こうと思っても、いつも邪魔が入るし……でも、そろそろだと思う。」

「よく“縁を切るより縁をつなげ”って言うけど、もう苦しすぎるよ。早く自由になってほしい。」


梨紗は小さく返事をした。

それが、彼女の今の唯一の願いだった。


家に戻った梨紗は、まず小田監督にもう一度「早乙女若菜とは会わない」とはっきり伝えるメッセージを送り、そのあと祖父に電話をかけた。


「おじいさん、明日会社に行ってもいい?」


祖父は喜んでOKしてくれた。

電話を切り、梨紗が洗面所へ行こうとしたとき、携帯が再び光った――

画面に表示されたのは、息子・拓海からの電話だった。


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