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第34話 どちらが大切なのか


那須太郎は激怒していた。


「まさか、母さんの死まで俺のせいにするつもりか?」

「梨紗、お前の母親は自業自得だろう!」

「やめて。」


彼女の声は氷のように冷たかった。


「まだ何か言うつもりなら、あなたたち紀康をどう騙したか全部暴露するわよ。早乙女若菜のことも、どうなるか見てなさい。」

「俺はお前のためを思って言ってるんだぞ!自分が何言ってるか分かってるのか?」

「必要ないわ。」


梨紗はそう言い放つと、くるりと背を向けた。

ちょうどその時、紀康と早乙女若菜がこちらへ歩いてくるのが見えた。梨紗は口元に皮肉な笑みを浮かべ、逆に那須家の老婦人のほうへと歩み寄った。


「梨紗、何をしている?」


紀康の声が冷たく響いた。

那須太郎と那須理恵は、すぐに作り笑いを浮かべて迎えに出た。

紀康は軽くうなずき、珍しく敬意のこもった態度を見せる。

理恵は梨紗をちらりと見やった。


「斎藤主任をお待たせしてしまいましたね。申し訳ありません、今朝ちょっと用事がありまして。」

「気にしないでください。」紀康が応じた。

「斎藤主任が待っています、上に行きましょう。」


彼は梨紗に目を向け、問いただすように言った。


「梨紗、君は若菜の家族に何かしたのか?」

「私が彼らに何かしたって言うの?」

紀康は眉をひそめる。「君が僕や若菜に不満があるのは分かる。でも、あの時の事故で拓海ができて、父が強く望んだから、僕は君と結婚したんだ。それがなければ——」

「それを抜きにしても、僕は若菜に借りがある。それを償いたいだけだ。普段君が何をしようが構わないが、彼女の家族を巻き込むのはやめてくれ!」


梨紗はじっと彼を見つめ、その目の怒りが次第に嘲りへと変わり、ついには一言だけ吐き捨てた。


「紀康、あなたって本当に哀れね。」


立ち去ろうとしたその時、紀康が彼女の手首を強くつかんだ。彼は警告する。


「文句があるなら俺に言え!若菜にも、彼女の家族にも罪はない。もう一度でも彼らに手を出したら、容赦しないぞ。」


梨紗は力強く手を振り払った。「容赦しないって、どうするつもり?」


彼女の決意に満ちた瞳に、紀康は一瞬たじろいだ。彼女がこれほど鋭かったことは今までなかった。


「もうやめてくれ。」


彼は低い声で言った。

梨紗は大きく息を吸って、


「分かったわ、もう騒がない。紀康、今すぐ斎藤主任を呼んで、おじい様の診察をしてもらって。」


紀康はやっとそのことを思い出したようで、適当に答えた。


「おじい様のことは急ぎじゃないだろう。」


その時、河田裕亮が足早に近づいてきた。梨紗の様子と紀康との緊張した空気を察し、すぐに彼女の肩に手を添える。


「梨紗?どうした?」


紀康の視線は河田裕亮の手元に向けられた。

早乙女若菜は裕亮を見ると、パッと顔を輝かせて手を差し出した。


「河田さん?初めまして!私は早乙女若菜です。あなたの作品の大ファンなんです!こんなところでお会いできるなんて。」


河田裕亮は若菜と紀康に一瞥をくれ、彼女の差し出した手を無視して冷たく言った。


「早乙女若菜?知らないな。」


若菜は笑顔を崩さずに続ける。


「今回帰国されたのは新しい活動のためですか?私は今、監督作品を準備中なんです。もしよければ、あなたの脚本をお願いできませんか?」


だが、裕亮は梨紗のことしか考えておらず、きっぱり断った。


「悪いけど、僕の脚本は全部すでに決まっています。」


そう言って、梨紗に顔を向けて「行こう」と促す。

梨紗は紀康を見据え、再び強く言った。


「今すぐ斎藤主任に、おじい様の診察を頼んで!」

「梨紗、いい加減にしろ!」


紀康はもう我慢の限界だった。梨紗には目もくれず、那須家の人たちに向かって「上に行こう」と言った。

梨紗はその背中を迷いなく追いかけた。

河田裕亮もすぐにその後を追った。

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