中村和生と高橋青石も後に続き、数人が連れ立って紀康と早乙女若菜のもとへ近づいていった。
早乙女若菜は自ら河田裕亮に微笑みかけた。
「河田さん、またお会いしましたね。」
河田は彼女を一瞥し、どこか距離を置いた声で答えた。
「神崎さんに変な誤解されたくないからね、無駄に敵だと思われても困るし。」
その言葉の裏に何かがあるのを感じ、早乙女若菜は梨紗のことかもしれないと首をひねった。
これまで河田裕亮と会った時は、いつも梨紗がそばにいた。
もしかして彼女に気があるのだろうか?
だが、早乙女若菜にはむしろ梨紗が紀康を挑発するためにわざと河田を連れてきたように思えてならない。
彼女は笑顔を崩さずに言った。
「河田先生は本当にユーモアがありますね。そういえば、投資先を探していると聞きました。ちょうど私も紀康と新しいプロジェクトに興味があって、ご一緒できればと思うのですが、いかがでしょう?」
そう言って、さりげなく協力を申し出る。
周囲の投資家や監督たちの視線が一斉に集まった。
紀康は圧倒的な存在感を放ち、早乙女若菜は華やかに輝いている。
だが今夜は、河田裕亮の独特な雰囲気――まとめた長髪に左耳のピアス、どこか自由な芸術家の佇まいが、隣にいる上品でしなやかな梨紗と並ぶことで、不思議な調和を醸し出し、二人ともひときわ目を引いていた。
河田はきっぱりと断った。
「お気持ちはありがたいですが、今はまだ脚本も構想中ですし、今回は帰国して環境に慣れたり人脈作りが目的です。ご縁があれば、その時に。」
その場にいた誰もが驚いた。
河田裕亮が早乙女若菜の申し出を断るとは――それは即ち紀康の顔に泥を塗るのと同じだった。
業界内では、早乙女若菜のオファーを断ることは、自らチャンスを捨てるに等しい。
中村和生も意外そうに、思わず口を挟んだ。
「河田さん、もう少し考えてみませんか?いい企画があれば、私も青石も出資したいと思っています。」
その口ぶりからは「この機会を逃す手はない」という思惑がにじみ出ており、他の者たちも河田が業界の事情を分かっていないのでは、とささやき合っていた。
「縁があれば、またどこかで。」
河田はあくまで淡々としている。
中村は小声で高橋に囁いた。
「どういうことだ?まさか梨紗が彼を説得して、主役にしてもらったのか?」
彼の感覚では、梨紗は代役を辞めた後でも、河田の作品でちょっとした脇役をもらえれば御の字だと思っていた。
早乙女若菜は断られても、表情ひとつ変えずにスマホを取り出し、「河田さん、もしご縁がなくても、せっかくだしお友達になりませんか?」と差し出す。
だが河田は両手をポケットに入れ、ちらりと彼女のスマホを見て、薄く微笑んだ。
「その必要はありません。もしお仕事でご一緒することがあれば、あなたのマネージャーに連絡します。」
これは公然と早乙女若菜に一切の情けをかけない態度だった。
こんなふうに早乙女若菜があしらわれるのを、誰も見たことがない。
人々の視線は次第に紀康に集まり、怒りの色が見て取れないかと探った。
紀康は表面上は穏やかさを保っていたが、空気は一気に張り詰めていた。
多くの人が心の中で、河田裕亮は帰国早々早乙女若菜を敵に回して、今後この業界でやっていけるのかと案じていた。
河田は適当な口実を作り、梨紗とともに紀康、早乙女若菜に別れを告げ、小田監督のもとへ向かった。
人混みを離れると、河田は声を落として梨紗に聞いた。
「どう?さっきは少しは気が晴れた?」
「スッキリしたのは確かだけど、今まで前向きだった投資家たちも、これでみんな引くかもしれないわ。」
「そんなの気にしてどうする?」
河田は意に介さず、「清和グループがついてるんだ、資金は心配ないだろ?君と俺が組めば、何だってできるさ。」
第二位株主として、彼も全力を尽くすつもりだった。
しかも、これは親友と早乙女若菜の個人的な因縁も絡んでいる。
河田の立場ははっきりしていた。
小田監督は二人が近づいてくるのを見て、さらに彼らが広島絢菜を起用したいと聞き、ますます頭を抱える羽目になった。彼は梨紗にそっと聞いた。
「神崎さんを断るのはともかく、今度は広島絢菜まで使うつもりか?」
「彼が断るなら、他を探せばいいだけよ。」
「じゃあ、主役に考えているのは誰なんだ?」
「小橋里衣よ。」
梨紗は名前を挙げた。
小田監督はますます困惑する。
「小橋里衣?広島絢菜より知名度も実力も不安だぞ。梨紗、君の考えは分かるけど、今の市場はスター性がものをいう。こんなキャスティングじゃ……」
言葉の続きを飲み込んだが、その意味は明白――リスクが大きすぎる、ということだ。
それでも梨紗は譲らなかった。
「小田監督、この脚本はもともとあなたのために書いたの。私は今でもあなたに監督を任せたい。投資のことは私たちでなんとかします、それでどうですか?」
「実は、清和グループにも出資をお願いするつもりです。」