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第54話 彼の目には、彼女は何の価値もない


彼の意図を理解しながらも、梨紗は静かに尋ねた。


「神崎さん、ご用件は何でしょうか?」

「具体的な協力について話したい。早乙女若菜は、御社の脚本家・暁美帆さんとリチャードさんを高く評価している。」

「投資についても話し合いたいんだ!」


梨紗は気持ちを抑えつつ答えた。


「申し訳ありませんが、現時点で神崎財閥との提携は考えておりません。早乙女さんのお気持ちはありがたいですが、他をあたってください。」


梨紗が電話を切ろうとしたその時、紀康が低い声で言った。

「私が直接電話している。それだけ誠意があるということだ。」


「投資が増えれば利益も増える。面談してくれるなら、分配率はそちらの希望通りでかまわない。」


「結構です。」梨紗は冷たく電話を切った。


早乙女若菜は紀康の隣にいて、彼が暁美帆に何度も断られていることに驚きを隠せなかった。暁美帆が会社と契約した今、上層部から圧力をかければうまくいくと思っていたが、社長自らきっぱりと断られるとは思いもしなかった。


紀康は眉をひそめた。“神崎紀康”という名前は、どこでも通用するはずだった。自ら投資を持ちかけることなど、ここ何年もなかった。


もし早乙女若菜が暁美帆の作品に惚れ込んでいなければ、こんなに頭を下げることは絶対になかった。自分に逆らった者に良い思いをさせたことはない。この新しい会社が、よくもそんな無礼な態度を取れるものだと内心憤っていた。


「番号を教えて。私もかけてみる。」

早乙女若菜は諦めきれずに言った。暁美帆とリチャードは業界でも珍しい才能で、彼女の今後にとっても重要な存在だった。


早乙女若菜は自分のスマートフォンから電話をかけた。

梨紗はすぐに相手の声を聞き分けた。

早乙女若菜の番号は登録していなかったし、これからもするつもりはなかった。

電話がつながった瞬間、すぐに切りたくなったが、結局思いとどまった。

早乙女若菜の目的は同じで、面会して話したいということだった。

梨紗はきっぱりと断った。今ごろ、二人が隣り合っていることは容易に想像できた。

そのまま電話を切った。


早乙女若菜は眉をひそめた。

「この声……」


紀康は気にも留めなかった。自分ほどの人間が断られるとは面白くない。どうにかしてスターライト・メディアに圧力をかけ、言うことを聞かせるつもりだった。


「……梨紗にそっくりだった。」

「違う。」


紀康は即座に否定した。

紀康には疑いすらなかった。

早乙女若菜は彼を見つめた。あの声は明らかに梨紗だった。

だが、すぐに考え直した。梨紗はただの代理であり、女優ですらない。あのビルも祖父の遺産だった。


彼らは調べていて、一ノ瀬家はすでに破産し、社員は解散、借金まみれで、今はスターライト・メディアと名を変えているだけだった。もし資産があるなら、一ノ瀬真治が今も入院しているはずがない。

梨紗が会社を引き継ぎ、社長になるなどあり得ない。


暁美帆と知り合うことも不可能だ。リチャードなら、帰国したばかりで人脈が浅く、騙されることもあり得るが。

どう考えても、梨紗がスターライト・メディアの社長であるはずがなかった。

紀康は早乙女若菜に尋ねた。


「どうしてもリチャードか暁美帆でないといけないのか?」


彼はもともとリチャードを快く思っていなかった。相手が男というだけでなく、芝居なら代役で済むが、脚本家はそうもいかない。


「絶対というわけじゃないけど、私の将来を考えると二人がベストだと思う。」


紀康は少し考え込んだ。


「中村和生と高橋青石にも当たってみよう。」

「うん。」


紀康も他の誰も、早乙女若菜のことには最大限の配慮をしてくれるので、彼女も焦っていなかった。

きっと、いつか暁美帆やリチャードと組むことができる、そんな予感がしていた。

梨紗は続けて中村和生、高橋青石からも電話を受けた。彼女ははっきりと、早乙女若菜との協力は考えていないと伝えた。

中村和生は梨紗の声に気づかなかったが、高橋青石は電話口で開口一番、「梨紗さんですね?」と言った。

梨紗は驚いた。


紀康の周囲の人間ですら気づかなかったのに、なぜ高橋青石だけが分かったのか。


「ごまかさなくていい、あなたが梨紗さんだと分かっている。」


「別に隠すつもりもなかったし、分かったならそれで構いません。」梨紗はもともと隠す気はなかった。自分で電話を受けているのだから。


「少し会って話せますか?」


「もし早乙女若菜さんの件なら、お断りします。」


「協力するかどうかはあなたの意思を尊重します。ただ、個人的にお話ししたいだけです。」


梨紗は少し黙り込んだ。


「スターライト・メディアに伺います。」高橋青石は強い口調で言い、電話を切った。


梨紗は眉をひそめた。


河田裕亮が仕事の合間に戻ってきて、梨紗の様子に気づき声をかけた。「どうした?」


「高橋青石が今から来るって。」

「何しに来るんだ?」


河田裕亮は帰国後、紀康の周辺の人間についても知っており、関わる者は誰であれ歓迎しなかった。


「私が梨紗だと気づいたみたい。」

「紀康たちに知られたくないのか?」


河田裕亮が尋ねた。

梨紗は首を振った。


河田裕亮は考え込む。「スターライト・メディアに来るのか?」


「多分、そう。」


「スターライト・メディアに来てくれるならいい。何を話すか聞いてみよう。俺も一緒にいる。」


高橋青石はすぐにやって来た。


スターライト・メディアはワンフロアを独占し、他の階はまだテナント募集中のため、誰にも止められずに梨紗と河田裕亮の前に現れた。


高橋青石は自ら手を差し出した。


河田裕亮は一歩早く、その手を強く握り返し、強い意志を示した。

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