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第55話 探りか誠意か


高橋青石は河田裕亮の警戒心を理解し、真剣な表情で言った。

「今日は早乙女若菜の件で来たわけじゃない。」


梨紗は河田と目を合わせ、二人とも半信半疑といった様子だ。


高橋はその反応を予想していたようで、周囲で働く社員たちを一瞥した。

会社はまだ立ち上がったばかりだが、すでに形になりつつある。

彼は応接スペースを見やり、「あちらで話せますか?」と提案した。


河田は梨紗を守るように身構えつつ、「どうぞ」と促す。


梨紗は高橋に水を出し、河田の隣に座った。


「これまで誰も、君がスターライト・メディアの社長だと知らなかったのか?」と高橋が梨紗に尋ねる。


河田がすぐに口を挟んだ。「梨紗のことを笑いに来たなら、無駄だ。やりたいことがあるならどうぞ、相手はする。」


高橋はグラスを置き、「誤解しないでほしい。梨紗がスターライト・メディアの社長だと分かった時点で、彼女が紀康と手を組むことは絶対にないと理解している。」


「分かっていて、なお来たのはなぜ?」と河田が険しい声で問う。


「うちの会社として、正式に提携をお願いしたい。」


河田は疑いの色を隠さない。「どういうつもりだ?紀康とは親しい仲じゃないか。間接的に早乙女若菜を助けるつもりなんだろう?その手には乗らないぞ。」


「これが契約書です。ご確認ください。」高橋は落ち着いた様子で、用意してきた書類を差し出した。


梨紗と河田は再び目を合わせ、河田が梨紗に先に見るよう促した。

梨紗が目を通すと、驚きが顔をかすめる。河田もすぐに書類を手に取った。


しばらくして、河田は高橋を見据えた。「狙いは何だ?」


「目的は明確だ。契約書にも書いてある通り、こちらから人員を送り込むことも、発言権を持つこともない。利益だけに関心がある。紀康の件は気にする必要はない。ビジネスは利がすべてだ。」


「君がうちと組んでも、紀康との関係が悪くなることはない。」


「君の考えは分かったが、正直、裏があるようで信用できない。今回は見送らせてもらう。」河田は契約書を押し戻した。


二人は目で合図し合うものの、内心は条件の良さに心が動いていた。高橋の提示した内容は雅彦に引けを取らず、この二社と手を組めば会社の将来も明るい。


高橋は再び書類をテーブルに戻した。「慎重になるのは当然です。時間をかけて考えてください。こちらは急ぎません。」


「改めて言いますが、今日は純粋に会社としての話です。紀康や早乙女若菜とは一切関係ありません。」


高橋はそれだけ伝えると、長居せずそのまま帰っていった。


契約書はまだテーブルの上に残っている。

河田が手に取り、めくりながら言った。「条件が良すぎて、逆に罠に思えるな。」


高橋は中村和生とは違い、梨紗への態度も穏やかで、敵意も感じられない。ビジネスだけで見れば、申し分ない提案だ。ただ、彼と早乙女若菜たちの関係が気になり、梨紗はどうにも信用できない。


河田は梨紗の手から契約書を取って言った。「こんなチャンス、そうそうないぞ。高橋の会社も実力はあるが、慎重に行こう。もう少し様子を見てから判断しよう。」


梨紗もうなずいた。

会社はまだ始まったばかり。協力してくれる相手が多いに越したことはない。せっかくの好条件、簡単には断れないのが本音だ。


――


高橋は戻ってからも、今回のことを率直に話した。ただし、梨紗がスターライト・メディアの社長だということは伏せておいた。


仕事終わりにバーで合流したとき、高橋はこの件を話題にした。


中村和生は驚きの目で高橋を見た。「お前、何やってるんだ?わざわざ向こうに提携を持ちかけただと?あれだけ紀康と若菜を断ってるのに、裏切りか?」


紀康は軽く中村の肩を叩き、「裏切りなんて大げさだよ。前にも言ったけど、いい案件があれば普通に組む。それとこれとは別だ。」


中村はふと何かを思い出したように言った。「まさか、罠でも仕掛けるつもりじゃないだろうな?」


高橋はソファにもたれ、足を組み、両手を肘掛けに置いた。


「別にそんなことはない。ただ、暁美帆さんとリチャードがいるなら、絶対に伸びると思っただけ。ビジネスとして儲けたいだけさ。」


早乙女若菜は一度高橋に目をやったが、彼は目を合わせなかった。それでも、きっと自分のためだと察していた。具体的な意図は分からなくても、彼はきっと自分を驚かせてくれると信じている。


中村はまだ納得できない様子だ。「言うのは簡単だけど、今までそんなこと一度もなかっただろ!」


周囲が場を和ませようと、「まあまあ、せっかく来たんだし仕事の話はやめて、ゲームでもしようよ」と声をかける。


早乙女若菜も「そうですね、みんなで遊びましょう」と笑顔で乗った。


ゲーム好きの中村はすぐに乗り気になる。「何やる?」


最初のターン、ボトルの口が紀康を、底が中村を指し、中村が質問役になった。


「チャレンジか本音か?」


「本音で。」紀康は即答した。


中村はニヤリと笑い、「ビビってるな、最初から本音とは!」


紀康は黙っている。


中村は畳み掛けるように、「最近、いつだった?」


「何が?」と紀康が首をかしげる。


中村は意味ありげに早乙女若菜を見やり、周囲もざわつく。


紀康は苦笑して、「五日前だ。」と答えた。


「五日前?紀康、毎晩じゃなかったのかよ!」と一同がからかう。


早乙女若菜は顔を赤らめ、「最近ちょっと忙しくて……」と弁解した。


中村は「まあまあ、無理にフォローしなくていいって」と笑う。


早乙女若菜は恥ずかしそうに紀康を見つめ、紀康はそっと彼女の手を握った。その光景に皆が羨ましがった。


――


ちょうどその時、梨紗と河田、早川思織が通りかかった。

中の会話がはっきり聞こえてくる。


早川はすぐに中に入ろうとするが、梨紗が止める。


「よく我慢できるね?私は無理だよ!」と早川は中を指差す。


その時、中からさらに声が聞こえた。


見知らぬ男が早乙女若菜に、「紀康のテクニック、どう?満足してる?」とからかった。

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