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第60話 皮肉


一方で、中村和生が最初に梨紗と小西監督が話しているのを見つけた。


「芸能界で名を上げたいんだろうな、小西監督にまで取り入ろうとしてるよ」と、彼は皮肉混じりに言う。


若菜は軽く笑った。小西監督に限らず、他の大物監督ともこれまでに数多く共演してきた。

本気になれば、電話一本で梨紗の道を塞ぐこともできる。

だが、そんなことをする気はない。梨紗がどんなに頑張っても、自分の域には届かないのだから。


紀康は顔を曇らせていた。

さっきトイレでしっかり警告したはずなのに、梨紗はむしろエスカレートしている。まるでわざと反発しているようだ。

彼女の目的は自分の注意を引きたいだけだろう。

だが、彼はあえて梨紗を無視した。


そんな中、高橋青石が中村和生に小声で言った。


「小西監督の方から梨紗に声をかけてたの、見てなかった?」


中村和生も、梨紗があっさりとその場を離れ、小西監督が彼女に何かを頼むような様子だったのは見ていた。

だが、中村は梨紗が計算高いと決めつけており、きっと小西監督を罠にはめたのだろうと考えていた。


————


「石成監督が来たぞ!」

誰かの声で、会場の視線が一斉に入り口へ向かった。


石成監督は業界でも異色の存在で、滅多にパーティーに顔を出さない。

すでに六十を過ぎ、生涯で十本の映画しか撮っていないが、そのすべてが社会的な話題作となっている。

今回も新作のキャスト選びのために来たという噂が広まっていた。

大勢が一斉に監督の元へと集まる。


若菜も行きたかったが、自分の立場をわきまえ、人混みに混ざることを良しとせず、少し離れた場所から様子をうかがっていた。


しばらくして、小田監督が石成監督を伴い、まっすぐ梨紗のもとへ向かう姿が目に入った。

梨紗と河田裕亮は元々周囲の様子を見ていただけだったが、小田監督がわざわざ石成監督を連れて来て、梨紗の前に立たせたのだ。

これでは三人の関係を怪しまれても仕方がない。


小田監督が何かを話すと、石成監督は梨紗に自ら握手を求め、最大級の敬意を示した。

中村和生は鼻で笑う。


「たいしたやり手だな。」


だが若菜は気にしなかった。

こんなコネに頼っても、いずれ先が見えている。


普段は寡黙な石成監督が、梨紗の前では饒舌だった。


「あなたの脚本は本当に素晴らしい!君のデビュー作を撮れたのは光栄だった。ずっとまた一緒に仕事がしたいと思っていたよ。」


梨紗は謙虚に両手を合わせて答える。


「石成監督こそ、もったいないお言葉です。私こそ感謝しています。監督が私の才能を見出してくださらなければ、脚本家としてここまで来られませんでした。監督は私にとって恩人です。」

「あなたの恩人でいられるなら、これほど光栄なことはないよ。最初の脚本はまだ若かったが、その後はどんどん成長している。機会があれば、ぜひまた一緒に仕事をしよう。」

「ぜひお願いします。石成監督に二度も脚本を選んでいただけるなんて、私にとっては奇跡のようなことです。」

「そんなことないよ!」

「あの時、君の脚本を撮って、首相にまで呼ばれたんだ。あんな経験は初めてだったよ。」


梨紗の作品は社会の底辺に焦点を当て、リアルで深い内容が国の方針にも合致していた。

どの作品も評価は9.7以上、社会的にも大きな意義がある。

これこそ、若菜が暁美帆さんと組みたがる理由だった。

これまでアイドルドラマや普通の現代劇ばかりだった若菜には、梨紗の作品のレベルには及ばなかった。

正直なところ、彼女は梨紗の脚本で自分の芸術的な評価を高めたかったのだ。


石成監督はさらに話を続けようとしたが、滅多に姿を見せない彼を囲もうと人が集まってきた。

梨紗はにこやかにその場を離れるタイミングを作った。


「大丈夫です、SNSでも連絡できますから、またゆっくりお話ししましょう。」

「そうだね、ありがとう!」


石成監督は何度も頷いた。

周囲は驚きを隠せなかった。

梨紗は若菜の影武者に過ぎないと思われていたが、石成監督と直接やり取りできる関係だったとは。


ちょうどその場面を、若菜や紀康たちも聞いていた。

梨紗が見栄を張っているだけだと思っていた彼らだったが、石成監督は「これからもいろいろ教えてほしい」と梨紗に言ったのだ。

中村和生は自分の耳を疑ったが、石成監督の様子は明らかだった。


若菜たちが近づくと、他の人々は空気を読んで距離を取った。

三人の大物が揃っている前で、近づける者はいない。

だが、さっきまでの梨紗への親しげな態度とは打って変わって、石成監督は若菜に対して明らかに冷たい表情だった。

若菜は敬意を込めて挨拶をした。

この地位に、三人の後ろ盾までいるのだから、多少は礼儀を尽くしてもいいはずだ。

だが石成監督は、ちらりと一瞥して「どうも」とだけ言い、会話を続けなかった。

若菜が協力の意思をやんわり伝えても、石成監督は全く取り合わない。

その場は一瞬、重苦しい空気になった。

紀康が話題を変えようとした。


「石成監督、新作はまだ資金が足りないのでは?」

「ご心配なく、資金はほぼ集まっています」


石成監督は素っ気ない返事だった。

中村和生が場を和ませようと冗談ぽく言う。


「資金はいくらあっても困りませんよ、予算が増えればもっと良い作品になりますから」


だが石成監督は厳しい顔つきで言い返した。


「一度投資を受けたからには、全ての出資者に責任を持ちます。遊び半分で映画を作る気はありません。良い作品を作るのは当然ですが、出資者にもきちんとリターンを返します!」


中村和生は言葉に詰まった。

石成監督は香港圏に強い基盤を持ち、出資の多くもそちらから来ている。日本の業界が締め出そうとしても、どうにもならないのだ。


石成監督はそれ以上話す気はなく、軽く挨拶だけしてその場を離れた。

去り際には、わざわざ梨紗にだけ親しげに声をかけていく。

その差は、周囲の注目を集めた。


チャリティーガラディナーの最後には、寄付額の発表があった。

梨紗と河田裕亮は実力はあるものの、梨紗は匿名で活動し、河田も久々に帰国したばかり。二人の席は会場の後方の隅だった。


それに対して、若菜、紀康、中村和生、高橋青石の四人は、会場の最前列ど真ん中という最高の席に座っていた。

河田裕亮はその光景に腹を立てていた。


「自分の奥さんを後ろに座らせて、愛人と一緒に前で偉そうにしてるなんて、どうかしてるぜ。強烈な天罰を、ああいうやつは……」

「しっ、言い過ぎ」梨紗は微笑みながら注意した。

「でも、あいつを見ると本当に腹が立つんだよ」

「気にしないで」


梨紗の今の落ち着きは、長い年月をかけて培われたものだった。

彼女が本当に気にしていないことを感じて、河田裕亮も少し安心した。


司会者が若菜の寄付が会場最高額と発表すると、若菜は立ち上がって一礼した。

それを見て、河田裕亮はさらに苛立った。


「他人の旦那の金でいい顔してるんだ、どれだけ面の皮が厚いんだか!」


周りの人たちも小声で羨ましがっていた。


「若菜は本当に運がいいよね。本人も何十億も稼いでるらしいよ」

「紀康は彼女に夢中なんだろうね。どのチャリティでも豪快に寄付して、彼女のイメージアップに一役買ってる」

「でも、噂では紀康って結婚してて、もう子供も大きいらしいよ……」

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