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第61話 自業自得


「ふざけないでよ!神崎さんにもし奥さんや子どもがいたら、あんなに堂々と外で好き勝手できるわけないじゃない?」

「それもそうね……」


どんな妻だって、夫があんなに公然と他の女性に親切にするのを許すはずがない。


チャリティーガラディナーも終盤に差し掛かった頃、梨沙と河田裕亮は一足先に会場を後にした。

来賓の多くが高級車で来ていたため、タクシーはなかなか捕まらない。

梨沙は配車アプリで車を呼んだが、混雑のせいでなかなか会場内に入れないようだった。

河田はまだ良いが、梨沙のドレス姿では長く外にいるのも辛い。

二人は相談し、車を地下駐車場に呼び、そこまで歩いていくことにした。


駐車場はもう人影もまばらだった。

だが、偶然にも若菜、紀康、中村和生、高橋青石の四人に出くわした。

中村と高橋はちょうど紀康と若菜に別れを告げ、それぞれの車へ向かうところだった。

紀康と若菜も帰る準備をしていたその時――

突然、見知らぬ男が若菜に駆け寄り、いきなり彼女を抱きしめた!


「若菜!やっと会えた!大好きだよ、愛してる!」


あまりのことに梨沙は思わず後ずさり、河田は反射的に彼女を庇うように手を伸ばした。

若菜は驚きと恐怖で叫び、必死に男から逃れようとする。

紀康がすぐさま駆け寄る。

車に乗りかけていた中村と高橋も異変に気付き、慌てて戻ってきた。

しかし男はナイフを取り出し、紀康に突きつけた。


「これ以上近寄ったら、ただじゃおかないぞ!」

若菜は青ざめて叫ぶ。

「紀康!助けて!」

紀康は両手を上げ、落ち着いた声でなだめる。

「落ち着いて。君の望むことなら、なんだってする。」

「お前にそんな資格はない!既婚者で子どももいるくせに、若菜にちょっかい出し続けて、彼女を不幸にしたいのか!」

男は興奮して叫んだ。


紀康は眉をひそめ、高橋と中村がすぐ横に立って彼を守る。

「お前らもだ!」男はナイフの刃先を二人に向ける。

「こいつが家庭持ちだと知ってて手を貸すなんて、バレた時は若菜が“愛人”呼ばわりされるぞ!」

「俺は結婚もしてないし、子どももいない!」

紀康は即座に否定した。


河田は梨沙を心配そうに見つめる。

梨沙の目にはかすかな痛みが浮かんだ。

それは愛情からではなく、一人の存在を完全に否定される、その苦しさだった。


「デタラメ言うな!証拠もなしにそんなこと言うか?若菜を守れないなら、俺が守る!」

男はナイフを若菜の首元に押し当て、若菜は悲鳴を上げた。

「どうしてほしいんだ?言ってくれれば、なんでもする!」

紀康の声は張り詰めていた。

「若菜をよこせ!できるか?」

「無理だ!」

「だったらもう話すことはない!今日は絶対に連れて帰る!」

男は最初からそのつもりだったようで、若菜を抱えたまま逃げようとする。


その時、駐車場の警備員がそっと近づき、紀康と視線を交わした。

紀康が中村と高橋に軽く頷く。

警備員が突然スタンガンで男を攻撃!男は苦痛で手を離し、紀康が素早く若菜を抱き寄せた。

男は怒りに任せてナイフを振り回し、その刃が紀康の腕を切り裂いた!

鮮血があふれ、傷口は痛々しい。

若菜は泣き叫ぶ。


「紀康!ケガ!」

紀康は顔色を失いながらも痛みをこらえ、無事な手で若菜の頭をそっと撫で、無理に微笑んだ。

「大丈夫、痛くないよ。」

若菜は涙をこぼし続けた。

「痛くないわけないでしょ!全部私のせいなのに……」

「泣かないで。」

彼は優しい声で言った。


河田はため息をつき、「本当にろくでもない事件ばかりだな。あんな男のことで悲しむ必要なんてないのに。」

梨沙も視線を戻し、「別に悲しくなんかないわ。行こう。」

ちょうど迎えの車が到着し、二人はそれぞれ帰路についた。

梨沙にとって、これは紀康が若菜のために身を投げ出す、何度目かも分からない出来事で、もう心は何も感じなかった。


だが翌朝、梨沙がまだ眠っていると、けたたましい着信音で目を覚ました。

ぼんやりと電話に出ると――

「梨沙!昨日の駐車場のこと、お前がリークしただろう!」

紀康の冷たい声が響いた。

梨沙は一瞬で目が覚め、昨夜のことを思い返してすぐに状況を理解した。

「証拠もないくせに、よくそんなこと言えるわね。」

「お前、あの場にいたじゃないか!お前かリチャードしかいない!」


自分が疑われるのはまだしも、友人を巻き込まれるのは我慢できない。

「私たち以外にもいたでしょ?なんで私たちだと決めつけるの?紀康、自分の行いを省みたら?天罰が下っただけかもよ。」


紀康は眉をひそめる。

最近の梨沙は、まるで人が変わったように言葉の端々に棘がある。

小田監督やリチャード、石成監督と親しくなったからって、俺に楯突くつもりか?


「俺がすぐに事態を収めなかったら、若菜がどれだけ傷ついたか分かってるのか?」

「紀康、ちょっとは自分を省みたら?若菜を“愛人”にしたのは私じゃない。私があなたたちの関係に割り込んだわけでもないし、子どもを作るよう仕組んだこともない。私は悪くないわ!」

「むしろ、若菜はあんたが結婚して子どももいるのを知ってて、あなたにしがみついて、全部享受してる。恥知らずなのは彼女の方よ、自業自得じゃない!」


梨沙は紀康に反論する隙さえ与えない。


「もし彼女が“愛人”だと世間に知られる日が来ても、それは自分で招いたこと。私には関係ないから!もうこれ以上、私や友達を巻き込まないで!」


そう言い切ると、電話を切った。


紀康は怒りに震えた――まさか、ここまであの男を庇うとは!

雅彦だけじゃなく、リチャードまで?

梨沙が誰と親しくしようが、もう自分には関係ない。


昨夜、若菜は紀康のそばでずっと看病していた。

今朝になり、彼女は梨沙とリチャードも駐車場にいたことを口にしたため、紀康はすぐに梨沙を問い詰めたのだった。

これまで何を言われても受け入れてきた梨沙が、他の男のために自分に楯突くなんて――若菜にとっても予想外だった。

ただ、と紀康が口にした時、若菜の目には一瞬動揺の色が浮かんでいた。


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