「ふざけないでよ!神崎さんにもし奥さんや子どもがいたら、あんなに堂々と外で好き勝手できるわけないじゃない?」
「それもそうね……」
どんな妻だって、夫があんなに公然と他の女性に親切にするのを許すはずがない。
チャリティーガラディナーも終盤に差し掛かった頃、梨沙と河田裕亮は一足先に会場を後にした。
来賓の多くが高級車で来ていたため、タクシーはなかなか捕まらない。
梨沙は配車アプリで車を呼んだが、混雑のせいでなかなか会場内に入れないようだった。
河田はまだ良いが、梨沙のドレス姿では長く外にいるのも辛い。
二人は相談し、車を地下駐車場に呼び、そこまで歩いていくことにした。
駐車場はもう人影もまばらだった。
だが、偶然にも若菜、紀康、中村和生、高橋青石の四人に出くわした。
中村と高橋はちょうど紀康と若菜に別れを告げ、それぞれの車へ向かうところだった。
紀康と若菜も帰る準備をしていたその時――
突然、見知らぬ男が若菜に駆け寄り、いきなり彼女を抱きしめた!
「若菜!やっと会えた!大好きだよ、愛してる!」
あまりのことに梨沙は思わず後ずさり、河田は反射的に彼女を庇うように手を伸ばした。
若菜は驚きと恐怖で叫び、必死に男から逃れようとする。
紀康がすぐさま駆け寄る。
車に乗りかけていた中村と高橋も異変に気付き、慌てて戻ってきた。
しかし男はナイフを取り出し、紀康に突きつけた。
「これ以上近寄ったら、ただじゃおかないぞ!」
若菜は青ざめて叫ぶ。
「紀康!助けて!」
紀康は両手を上げ、落ち着いた声でなだめる。
「落ち着いて。君の望むことなら、なんだってする。」
「お前にそんな資格はない!既婚者で子どももいるくせに、若菜にちょっかい出し続けて、彼女を不幸にしたいのか!」
男は興奮して叫んだ。
紀康は眉をひそめ、高橋と中村がすぐ横に立って彼を守る。
「お前らもだ!」男はナイフの刃先を二人に向ける。
「こいつが家庭持ちだと知ってて手を貸すなんて、バレた時は若菜が“愛人”呼ばわりされるぞ!」
「俺は結婚もしてないし、子どももいない!」
紀康は即座に否定した。
河田は梨沙を心配そうに見つめる。
梨沙の目にはかすかな痛みが浮かんだ。
それは愛情からではなく、一人の存在を完全に否定される、その苦しさだった。
「デタラメ言うな!証拠もなしにそんなこと言うか?若菜を守れないなら、俺が守る!」
男はナイフを若菜の首元に押し当て、若菜は悲鳴を上げた。
「どうしてほしいんだ?言ってくれれば、なんでもする!」
紀康の声は張り詰めていた。
「若菜をよこせ!できるか?」
「無理だ!」
「だったらもう話すことはない!今日は絶対に連れて帰る!」
男は最初からそのつもりだったようで、若菜を抱えたまま逃げようとする。
その時、駐車場の警備員がそっと近づき、紀康と視線を交わした。
紀康が中村と高橋に軽く頷く。
警備員が突然スタンガンで男を攻撃!男は苦痛で手を離し、紀康が素早く若菜を抱き寄せた。
男は怒りに任せてナイフを振り回し、その刃が紀康の腕を切り裂いた!
鮮血があふれ、傷口は痛々しい。
若菜は泣き叫ぶ。
「紀康!ケガ!」
紀康は顔色を失いながらも痛みをこらえ、無事な手で若菜の頭をそっと撫で、無理に微笑んだ。
「大丈夫、痛くないよ。」
若菜は涙をこぼし続けた。
「痛くないわけないでしょ!全部私のせいなのに……」
「泣かないで。」
彼は優しい声で言った。
河田はため息をつき、「本当にろくでもない事件ばかりだな。あんな男のことで悲しむ必要なんてないのに。」
梨沙も視線を戻し、「別に悲しくなんかないわ。行こう。」
ちょうど迎えの車が到着し、二人はそれぞれ帰路についた。
梨沙にとって、これは紀康が若菜のために身を投げ出す、何度目かも分からない出来事で、もう心は何も感じなかった。
だが翌朝、梨沙がまだ眠っていると、けたたましい着信音で目を覚ました。
ぼんやりと電話に出ると――
「梨沙!昨日の駐車場のこと、お前がリークしただろう!」
紀康の冷たい声が響いた。
梨沙は一瞬で目が覚め、昨夜のことを思い返してすぐに状況を理解した。
「証拠もないくせに、よくそんなこと言えるわね。」
「お前、あの場にいたじゃないか!お前かリチャードしかいない!」
自分が疑われるのはまだしも、友人を巻き込まれるのは我慢できない。
「私たち以外にもいたでしょ?なんで私たちだと決めつけるの?紀康、自分の行いを省みたら?天罰が下っただけかもよ。」
紀康は眉をひそめる。
最近の梨沙は、まるで人が変わったように言葉の端々に棘がある。
小田監督やリチャード、石成監督と親しくなったからって、俺に楯突くつもりか?
「俺がすぐに事態を収めなかったら、若菜がどれだけ傷ついたか分かってるのか?」
「紀康、ちょっとは自分を省みたら?若菜を“愛人”にしたのは私じゃない。私があなたたちの関係に割り込んだわけでもないし、子どもを作るよう仕組んだこともない。私は悪くないわ!」
「むしろ、若菜はあんたが結婚して子どももいるのを知ってて、あなたにしがみついて、全部享受してる。恥知らずなのは彼女の方よ、自業自得じゃない!」
梨沙は紀康に反論する隙さえ与えない。
「もし彼女が“愛人”だと世間に知られる日が来ても、それは自分で招いたこと。私には関係ないから!もうこれ以上、私や友達を巻き込まないで!」
そう言い切ると、電話を切った。
紀康は怒りに震えた――まさか、ここまであの男を庇うとは!
雅彦だけじゃなく、リチャードまで?
梨沙が誰と親しくしようが、もう自分には関係ない。
昨夜、若菜は紀康のそばでずっと看病していた。
今朝になり、彼女は
これまで何を言われても受け入れてきた梨沙が、他の男のために自分に楯突くなんて――若菜にとっても予想外だった。
ただ、