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第63話 眩しいほどの調和


梨紗は裕哲をじろりと睨んだ。


「まさか、世の中の男はみんな私を好きになるべきだと思ってるの?」

「梨紗がこんなに素敵なのに、好きにならない方がどうかしてるよ!」と、河田は自信満々に言った。


もし自分の好みが違っていなければ、きっと梨紗のことを好きになっていただろう——性格も良くて、顔立ちも美しく、仕事もできる、ほとんど非の打ち所がない。

たとえ小さな欠点があったとしても、気にならないくらいだ。


「そうだ、今日最後の新しい同僚が入社するから、歓迎会を開くって約束したんだ。お店はもう予約してある。夜は予定空いてるよね?」

梨紗は呆れたように彼を見た。

「もう全部決められちゃってるのに、断れるわけないじゃない。」

裕哲は満面の笑みを見せた。


歓迎会には思織も誘っていた。彼女いわく、実務は任せていないけど、株主として会社の集まりにはちゃんと顔を出すべきだと。


高級ブランド店の前を通りかかったとき、新人の一人が目ざとく声を上げた。


「見て!若菜さんだ!本物の若菜さんに会えるなんて!」


集まったのはほとんどが新卒の若者たちで、有名人を間近で見る機会も少なく、皆が興奮してそちらを見た。

梨紗も、なぜか気になって目を向けた。


「隣にいるご婦人……どこかで見たことあるような?」

「神崎さんのお母様よ!」

「うそ!今朝の記者会見で神崎さんとの関係は何でもないって説明してたばかりなのに、その後すぐお母様と一緒に買い物?神崎夫人が若菜さんにアクセサリーを買ってあげてる…もうお嫁さんって認めてるのかしら!」


梨紗の胸に鋭い痛みが走った。結婚したばかりの頃、神崎雅子を買い物に誘ったことが何度もあったが、いつも断られていた。そのうちに気を遣って口にもしなくなった。今、神崎雅子が若菜と並んで歩く姿は、まるで仲の良い嫁姑そのものだった。

どうやら気に入ったアクセサリーを見つけたようで、神崎雅子がどうしても払うと言い、若菜が一度断ったものの、結局は神崎雅子がカードで支払っていた。


梨紗は目を逸らした。神崎家に嫁いで何年も経つが、神崎雅子から贈り物をもらったことは一度もない。そのブランドのアクセサリーは、安くても六桁、下手をすれば何百万円もする。

誰が本当の「お嫁さん」なのか、一目瞭然だった。


裕哲は梨紗の表情に気づき、慌てて皆に言った。


「彼女がどれだけ人気でも、君たちだっていつか好きな人を彼女より有名にできるさ!僕たちは本物の芸術を目指す、志は忘れちゃだめだよ!」


皆の士気が上がる。会社はちょうど国のイベントから招待状を受け取ったばかりで、それが実力の証明でもあった。

入社時から、裕哲と梨紗は強調していた——社会には冷静な声が必要で、作家のペンは武器だと。

そのペンをどう使うかは、作者自身の器と思想次第だと。


歓送迎会の最中、梨紗は藤原翔太と再会した。

翔太は彼女を少し離れた場所へ連れ出し、申し訳なさそうに話しかけた。


「僕は今まで負け知らずだったんですが、神崎さんは本当に手強い。彼から話があって、斎藤医師があなたのお祖父様の治療費をすべて負担し、仁愛記念病院を離れることで示談にしたいと。…実は、彼は僕の義母のことを握っていて……」


翔太は言い淀んだ。


梨紗はすぐに察した。紀康がここまで仕組むことは、ある程度予想していた。


「本当はもっと早く伝えたかったんですが……あの時は絶対に正義を通すと約束したのに、結果がこれでは……」翔太は悔しさを隠せなかった。

梨紗は彼を慰めた。

「気にしないで。あなたがいなければ、紀康はここまで譲歩しなかったでしょう。話を受けていいわ。」

翔太はじっと彼女を見つめた。


「本当に大丈夫。これも祖父へのけじめだし、斎藤医師が悪事を働いた分、いずれ報いを受けるはずよ。」

梨紗は淡々と答えた。

彼女がここまで割り切っているのを見て、翔太も少し気が楽になったが、義母のことで迷惑をかけた悔しさは拭えなかった。自分のせいではないとはいえ、梨紗に申し訳なく思っていた。

梨紗は彼の肩を軽く叩いた。

「あまり気にしないで。これから会社のために、また何度も勝ってくれれば、それでチャラよ。」

翔太は力強くうなずいた。


梨紗が個室に戻ろうとした時、偶然斎藤医師に出くわした。

本当に人生は何が起きるかわからない。


斎藤医師は得意げな顔で彼女を見た。


「梨紗さん、悔しいかい?」


悔しい。

悔しくないわけがない。祖父への無礼、何の罰も受けずに済んだことを思い出すと、梨紗の心は締め付けられるように痛んだ。


「もっと悔しいことがあるんだよ!」


斎藤医師は声を潜めて続けた。


「慰謝料は僕が払ったんじゃない。神崎さんが言ってたよ、”奥さんのことで僕まで巻き込んでしまって、良心が痛むから”って全部肩代わりしてくれたんだ。」

「仁愛記念病院にはいられなくなったけど、他にも病院はたくさんある。神崎さんが同じランクの病院に僕を移してくれて、今は副院長さ。」


梨紗の胸に大きな石が落ちて、息が詰まりそうだった。


斎藤医師は横目で見ながら、「誰を敵に回すか考えなかったの?神崎さんが大事にしてる人を敵にしちゃダメでしょ?」と嘲るように言った。


「那須家のおばあ様の病気は結局何だったの?」

梨紗の声は冷え切っていた。

「たいしたことないよ。どの医者でも診られる。でもみんな僕の看板を信じるし、神崎さんの”奥さん”の家族は僕しか信用しない。神崎さんが僕を守るのは当然さ、僕も困ったもんだね。」


斎藤医師は肩をすくめ、軽薄な口調で言った。

そう言い残し、彼は梨紗の怒りを無視して、鼻歌交じりで去っていった。


梨紗は唇を噛みしめ、血が滲むほどだったが、それにさえ気づかなかった。


裕哲が駆け寄ってきて、彼女が放つ冷たい怒りに驚いた。

「梨紗、どうした?」

梨紗は裕哲や思織を心配させたくなくて、感情を必死に抑えた。

「大丈夫。みんな待ってるでしょ?すぐ戻るわ。」


裕哲は周囲を見回し、若菜や紀康の姿がないことを確認したが、梨紗が何かあったのは間違いないと感じていた。しかし彼女が何も言わない以上、深く聞けなかった。


会が終わった後、梨紗は裕哲に送ってもらうのを断った。思織が飲みすぎたので、代わりに裕哲に送り届けるよう頼んだ。

梨紗はタクシーで雲錦荘に向かった。運転手に多めに料金を渡して待ってもらい、自分は屋敷へと歩き出す。


まだ門に近づかないうちから、中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

若菜の声、紀康の声、神崎雅子の声、玲奈の声、それに神崎拓海の声まで。

それぞれの声が重なり合い、まるで本物の家族のように和やかに響いていた。


その幸せそうな光景が、梨紗の目に鋭く突き刺さった。

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