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第69話 レゴと侵入者


梨紗は息子の言葉には答えず、時計に目をやった。


「もう遅いわよ、まだ寝てないの?」

「え?お母さんが帰っちゃったら、すぐ寝なきゃいけないの?ママ、夏休みなんだから、少しくらい遅く寝てもいいでしょ!」と拓海は不満そうに言った。


梨紗は反論しなかった。これまでは学校があろうとなかろうと、子どもには早寝を徹底させてきた。成長には大事なことだ。


拓海は彼女の手を引っ張る。


「ママ、一緒にレゴで遊ぼうよ!」


松本真紀はそんな親子の様子を見て、心の中でため息をついた。梨紗は日に日に冷たくなっている。でも、それも無理はない。こんなに我慢を強いられて、平気でいられる女性なんているわけがない。彼女はそっとその場を離れた。


しばらく遊んでいると、拓海がふと口にした。


「ママ、初めて気づいたんだけど、レゴは若菜お姉ちゃんよりも、ママの方がずっと上手だよ!」


梨紗は眉をひそめる。嫌な予感が的中した。


止めようとしたが、拓海は続けた。


「この前、若菜お姉ちゃんが家に泊まった時、一緒にレゴしたけど、やっぱりママの方が上手かった!僕、ママと遊ぶのが一番好き!」


梨紗の手が止まった。


家に泊まった?

あの時、若菜は泊まっていったの?

玲奈も神崎雅子も一緒にいたはず。みんな知っていた?

宗一郎だけに隠して、こんなことしていたの?


拓海は彼女の様子に気づき、顔を上げた。


「ママ、どうして手が止まったの?」

「……この前、若菜さんはどの部屋に泊まったの?」


梨紗の声は冷たかった。

拓海は空気を察し、まずいことを言ったと気づいて、うつむき話題をそらした。


梨紗はそれ以上問い詰めなかった。


十一時を過ぎても、拓海はまだ眠る気配がない。


梨紗は立ち上がった。「もう帰るわね。」


拓海は顔を上げた。「ママ!今夜は一緒にいてくれない?」


紀康はまだ帰っていない。きっと今夜は戻らないのだろう。子どもはまだ幼いのに、この仕打ちはあんまりだ。


「ごめんね、ママは用事があるの。」


「ママ……」拓海は涙目で訴えた。


梨紗の心はもう動かない。彼女は決意を変えず、冷蔵庫から自分の荷物を取り出した。


拓海はすぐに彼女の足にしがみついた。


「ママ!ずっと会えなかったんだよ!本当に会いたかったのに!パパもいないし……ママまでいなくなったら、僕、誰にも必要とされない子みたいだよ!お願い、帰らないで!」


梨紗は気持ちを変えなかった。


その騒ぎで松本真紀が目を覚まし、慌ててやってきた。梨紗が帰ろうとしているのも当然だと感じていた。正直、旦那様と坊ちゃまはやりすぎだ。


松本真紀は拓海を引き離した。


「ママには用事があるのよ。ママを行かせてあげて。」

「ママの用事って、家じゃできないの?ママ、全然泊まってくれないじゃないか……ママ、もう僕のこといらないの?」拓海は泣きじゃくった。

「そんなことないわ。ママが拓海くんをいらないなんて、絶対にない。ちゃんと理由があるのよ。」

「うぅ……」


梨紗の胸は締めつけられる思いだった。


どんなに親不孝でも、息子は自分が産んだ子。でも、彼が本当に必要としているのは自分じゃない。梨紗は心を鬼にした。


もう出ようとした時、拓海の泣き声がさらに大きくなった。


「どうした?」低く、聞き慣れた声が不機嫌そうに響いた。


「パパ!」拓海は紀康に駆け寄った。


紀康は梨紗を見ると、顔色が険しくなった。


「梨紗、帰ってこないかと思えば、帰ってきて子どもを泣かせるのか?」


梨紗は怒りを押さえた――紀康はいつも、的確に彼女の怒りをあおるのだ。


松本真紀は助け船を出したかったが、立場上口を挟めなかった。


「ちょうどよかったわ。私も用事があるから、先に失礼するわね。」


梨紗は出て行こうとした。

拓海は紀康にしがみつき、泣き叫んだ。


「パパ!ママに帰らないでほしい!ママと一緒にいたい!」


梨紗は歩みを止めなかった。


紀康は苛立ち、「拓海がこんなに泣いてるのが見えないのか?何をしているんだ!」と叱った。


梨紗は無視して出ていこうとした。


「パパ!」拓海の泣き声はさらに大きくなる。


紀康は息子を引き離し、梨紗に追いついて腕をつかんだ。


梨紗は不意を突かれ、持っていた袋を落とし、中身が床に散らばった。


怒りがこみあげたが、何も言わずにしゃがんで拾い始める。


紀康は冷ややかに言った。


「まだ外で暮らすつもりか?梨紗、俺が盛大に迎えの車でも出せば戻る気になるのか?」

「そんな必要はないわ。」梨紗の声は冷たかった。

「どういうつもりだ?ここを出てどれだけ経つ?さっき拓海があんなに泣いているのに、何も感じないのか?自分は最高の母親だとでも思ってるのか?最近のお前は一体何をしてるんだ?俺に何を怒ってる?」


梨紗は説明する気もなかった。説明しても何も変わらない。


荷物を拾い終え、紀康を見て言った。


「あなたを探したこともあったけど、もういいわ。代役の報酬がこれだけなら、それでいい。」

「私が怒っていると思うなら、それでも構わない。紀康、私はあなたをどうする資格も力もない。」

「でも、もう自分を犠牲にしたくないの。」


そう言い残し、梨紗は背を向けて去って行った。


紀康は呆然とした。自分を犠牲にしたくない?彼女が何を犠牲にしたというのか?


苦労して自分と結婚し、若菜と別れさせ、宗一郎を後ろ盾にして、何をしても悪いのは自分、正しいのは彼女。


自分の子を産み、誰もがうらやむ神崎家の妻となり、贅沢な生活を手に入れて、それでもまだ不満なのか?


いいだろう。帰りたくないなら、勝手にしろ。


紀康はリビングに戻ると、拓海は松本真紀に慰められながら、風呂へ向かっていた。


松本真紀は散らばったレゴを片付けていた。


紀康は組み上がったレゴを見て、「これは拓海が作ったのか?」と尋ねた。


「いえ、奥様が作られました。坊ちゃまは横で見て、時々パーツを渡しただけです。」


紀康は模型を手に取って眺めた。このレゴはかなり難易度が高い。前に若菜が拓海と遊んだ時、自分も見ていたが、若菜は何度も作っては壊し、結局完成できなかった。「パパの腕が治ったら一緒に作ろう。若菜お姉ちゃんには無理だね」と笑っていた。


拓海も色々試したが、やはり難しかった。


それを梨紗は……「彼女、いつ来たんだ?」


「九時過ぎくらいです。」


九時から今まで、わずか二時間でここまで仕上げたのか。

紀康は特に驚きもしなかったが、梨紗にも良いところはあるのだと感じた。

ただ、それだけのことだった。彼の心には何の波紋も生まれなかった。

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