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第84話 心に残る人


中村は、なるほどと納得した様子でうなずいた。

ベテラン俳優たちがアイドル俳優を軽く見るのは当然だが、若菜はしっかり演技力があるのに、どうして彼らの評価を得られないのだろうか――そんな疑問が浮かぶ。


若菜はその言葉を聞いて、一瞬動きを止め、無意識に青石の方を見てしまった。確かに彼の言うことは理にかなっているが、最近は青石が梨紗の肩を持っているような気がして、少し気になっている。

さらに、彼がずっと梨紗の方を見ていることに気づき、若菜はすぐにその理由を察した。


中村は急にトイレに行きたくなり、青石の肩を軽く叩いて「若菜のこと頼んだよ」と言い残し、足早に去っていった。今日は自分たちが若菜を連れてきたのだから、無事に送り届けることが何よりも紀康への責任だと思っていた。


残された二人はしばらく沈黙が続いた。青石は依然として若菜を見ようとしない。

長い沈黙の後、若菜は口を開いた。「梨紗を追いかけるつもりなの?」


「梨紗」という名前を聞いた青石は、思わず若菜を見て、不思議そうな表情を浮かべる。


「あなたが紀康にされたことに腹を立てているのは分かる。私も時々、気にしないようにしてるけど、梨紗のやり方は本当に嫌。でも、私のために自分を犠牲にしないで。」


青石は少し考えて、若菜の言いたいことが分かったようだった。

「実は――」

「分かってるよ。これ、中村さんと相談したんでしょ? 彼は普段から梨紗に冷たいから、好きだなんて誰も信じない。でも、あなたは優しいから、きっと梨紗も警戒しないはず。でもね、彼女がこの八年間紀康にしてきたことを考えたら、あなたにも本気になるとは思えない。私のために人生を無駄にしないで。」


青石は静かに微笑んだ。


その微笑みが、若菜には「気にしていない」という意思表示に見えた。けれど、どうしても一言言わずにはいられなかった。

「青石、あなたにはあなたの人生がある。感謝してるけど、私と紀康、それに梨紗のことは自分たちで解決するよ。」


青石は何も答えなかった。


焦った若菜は、「ねえ、聞いてる?」と声をかける。

青石は「うん」とだけ答え、特に弁解しようとはしなかった。


その様子に、若菜はもう決心しているのだと思い、力なく首を振った。


ふと、梨紗の周りにいない芸術家たちを見つけ、話しかけるために席を立った。青石は付いてこなかった。


ちょうどその時、梨紗が席を外し、青石もその後を追っていった。若菜は小さくため息をつき、気を取り直してベテラン俳優たちと会話を始めた。


中村が戻ってきたとき、ちょうど青石が会場を出ていくところだった。中村は不思議そうに「どこ行くの?若菜は……」と声をかけたが、青石が急いでいる様子を見て、何か頼まれごとでもしたのかと考え、若菜のもとへ戻った。

若菜がベテラン俳優たちと話しているのを見て、相手があまり乗り気でない様子だったので、中村も会話に加わった。


一方、梨紗はトイレから出てきても、まだ余韻が残っていた。

こういったパーティーには何度か招待されたことがあるが、いつも紀康に呼び出されて参加できなかった。今日は初めてじっくり交流できて、多くのことを学び、頭の中が情報でいっぱいだった。


手を洗っていると、隣に誰かが立っていた。立ち去ろうとしたところ、相手が青石だと気づいた。

彼女は気づかないふりをしてその場を離れかけたが、青石に呼び止められた。


「なぜ、僕と組もうとしない?」


梨紗は少し驚いた顔で振り返った。


「紀康があなたにしたことは知っている。契約書はそちらにあるし、僕はもうサインした。あとは君がサインすれば、すぐにでも協力できる。君の新作ドラマは今撮影中だろう?資金が必要なはずだ。今支援がなければ、この業界では……」


梨紗は意外そうな顔をしたが、静かに答えた。

「こんな状況で、あなたが私と組む理由なんてないでしょ。別に無理して協力する必要もない。」


青石は少し眉をひそめた。「僕のこと、何か誤解してない?」


梨紗は納得していない様子だった。青石は紀康の親友で、いつも若菜のそばにいる。急に協力すると言い出して、裏があるのではと疑ってしまう。もちろん、お金はありがたいが、簡単に信用はできない。


「紀康や若菜は関係ない。僕はただ、君のドラマに可能性を感じてる。投資したいだけだ。」


梨紗は険しい顔をした。


青石はさらに一歩近づいて、「今のままじゃ、誰も手を差し伸べない。たとえ星光エンターテインメントの看板があっても、みんな紀康を恐れて協力しない。時間がないよ」と静かに言った。


梨紗は少し苛立ち、青石を真っ直ぐ見つめた。「じゃあ、あなたは紀康を敵に回せる?あなたの投資が私を陥れるためじゃないって、どうやって信じればいいの?」


「僕はお金を出すだけだ。どうして君を陥れる?」


二人の視線がぶつかる。青石のまなざしは相変わらず穏やかだが、そこには揺るがない意志があった。


梨紗はしばらく黙って青石を見ていたが、やがて目を逸らし、何も言わずにその場を離れた。


パーティー会場に戻ると、裕亮はベテラン俳優たちと楽しそうに話していた。

裕亮は海外で長く活動していたが、彼らとの会話にも全く苦労がなかった。ベテラン俳優たちは彼の創作理念に共感し、力強く背中を押してくれた。


また、紀康が梨紗を妨害していることも知っていて、「私たちにできることは少ないけれど、もし出演者が必要なら、ギャラなしでも出演するよ」と申し出てくれた。


梨紗は慌てて「それは困ります。きちんとギャラはお支払いします。前半は無償でも、後で利益が出たら分配します」と答えた。


ベテラン俳優たちは大笑いし、「それじゃあ、儲けるチャンスもあるってことか」と冗談を言った。


「絶対に損はさせません!」と梨紗が応えると、

「君は将来有望だね」と優しく声をかけてくれた。


やがて、国の重鎮が現れると、会場は一気に緊張感に包まれた。これまでも何度か政府関係者が来たことはあったが、今日は特別な人物で、皆がテレビでしか見たことのない大物だった。


若菜も興奮を隠せなかった。芸能人として会議に呼ばれることはあっても、これほどの要人と直に話す機会はほとんどない。

今日のパーティーは、まさにこの業界で最も価値のあるものだった。


若菜はぜひ一言声をかけて、評価を得たいと願っていた。中村が微笑みながら「福澤様だよ、若菜、紹介してあげる」と言い、若菜を連れて福澤隆二の前へと歩み寄った。


「福澤様!」と中村は嬉しそうに声をかける。


福澤隆二は中村家の遠縁で、どちらも東京に住んでいることもあり、親しみを感じていた。


福澤は少し驚いたように、「君まで来てたのか」と声をかける。


中村は若菜を前に出し、「紹介します、若菜。僕の親友が大切にしている人です」と笑顔で言った。

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