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第2話



 店内は、薄暗い。

 雪洞ぼんぼりがついていて、そのあたりだけがほんやりと明るいだけだ。


 香の薫りがかすかにするが、恭介には、よく解らない薫りだった。だが、魅惑的な薫りで、酩酊していく感じがあった。


「これ……お香ですか……?」


「いいえ?」と彼は言う。「店内で、香をたいていたら……、お茶の邪魔になってしまいますから」


 たしかにそれはその通りだった。


 お茶の香りは、繊細だ。香水やお香の類いは、その繊細な香りを邪魔するだろう。


「こちらへどうぞ」

 勧められた椅子に座って、「あ」と思わず声を上げてしまった。


「なにか?」


「いいえ……ああ、池の蓮がよく見えるなと思って」

 水辺に近付いたからか、窓から蓮を摘むことが出来るほど、花が近い。


「ああ……願掛けをしているのですよ」


「願掛け……」


 けれど、彼はそれ以上、何も語らなかった。

 願掛けの内容を聞きたいとは思ったが、とりあえず、不審を問われなかったのは有り難い。


(この場所……って、子供の頃に見た場所だよな……)


 美しい男が、性交をして居た場所。

 美しい男に覆い被さって、獣のように彼を求めていたのは、でっぷりとした、醜い男だった。好き放題に、彼を貪っていたのだが、なぜ、こんな所で、性交をしていたのか、それは解らないし……。


(そもそも、俺って……子供の頃、こんな所に来るはずがないんだよな……)


 超高層ビルの林立する都会。その、ビルの真ん中。そんな場所が、空いているはずもないだろう。だが、今、こうして―――この茶藝館は、ここに在る。


 恭介は、店主らしき男の顔をみやった。

 あまりにも整った顔立ちをしていた。現実離れしている顔立ちだ。双眸は切れ長で、鼻梁はすっと通っている。柳の歯のような眉に、薄い唇。これはあまりにも朱かった。


 すらりと高い長身に、襟の立った長い衣装を身につけている。これが少々、中華風の服装、に見えなくもない。

 髪は良く見ると、腰のあたりまである。


 けれど――不思議なことに、女性的な感じはしなかった。


 痩身ではあったが、まるみを帯びたところがないというのもそうなのだろうし、喉元や、手や肩幅。腰のラインなど、十分に男性的なものだった。


「……随分と、不躾にご覧になりますね」

 テーブルを挟んだ向かいに、彼は座る。いつの間にか、テーブルの上には、茶の道具が揃えられていた。


「これは中国のお茶です。中国のお茶には、青茶、黄茶、白茶、緑茶、紅茶、黒茶と有ります。この道具で入れるのは、発行の度合いが少ない、青茶や白茶など……。黒茶などは、この道具でない方が、私は好みです」


 これが茶海。お茶を均一に入れる為に使います。

 こちらの急須のようなものが茶壺。これが実際に茶を飲む茶杯。

 それに、薫りだけを楽しむ、聞香杯。


 丁寧に説明されているが、何故か頭に入ってこない。


「……今日は、東方美人というお茶を用意しました。薫りが甘くて、とろんとしているので、飲み慣れていない方でも、美味しく召し上がることが出来ると思います」


 店主が、茶道具から目を上げた。

 恭介と、視線がかち合う。


「……こちらでよろしいですか?」


「ええ……」


 と受けながら、恭介は、彼の手に釘付けになっていた。白くて、細い指。そこに巻き付いた、朱い糸……。

 唐突に、恭介は、この指を舐めてみたい、という衝動が湧き上がってくるのを感じていた。


「お茶は、別のものをご用意しますか?」


 茶葉の入った容器を見せながら、彼は聞く。うっすらと、笑みを浮かべたままだった。

 茶の香りなど、消えてしまいそうなほど……、甘い薫りが漂っている。


 さっきは入り口近くで薫っていたはずだが……、今は目の前から薫っている……。彼から、この甘やかな香りがしているのは、間違いないようだった。


「店主。もしかして……、香水を? もしくは衣装に香を焚きしめていたり……」


「いいえ?」

 と言いながら、彼は立ち上がる。薫りが、一層近くなった。


「ほら、やっぱり……あなたからこの薫りが……」

 クラクラするような、甘い甘い薫り……だった。頭の芯が、ぼうっとしてくるような。そんな薫りだ。


 恭介の前に立った彼は、そっと服を寛げた。

 首元から胸元までが、さらされる形になって、恭介の目の前に差し出される。


「えっ……?」


「私の……肌。確かめて見て頂ければ……」

 言われたとおりなのか解らなかったが、恭介はそっと彼の首筋に顔を近づける。


「この薫りですよ……。甘くて……」

 ちょっと腰に来る感じの薫りです、とはいうことが出来ずに、そのまま、肌の薫りを確かめていく。


「身体中、この薫りですね……。凄く似合うと思うんですけど……少し薫りが強いような気がします……さっきより香りが強くなったような……」

 滑らかな、裸の胸に顔を近づけていて、ふと、視界に入ってきたのは、彼の胸の突起だった。

 薄い筋肉の頂点にちょこんと立つ頂は、朱く充血して、張り詰めている。


(舐めたら……甘そう……)

 そんなことはないのだろうが……身体中から漂う甘い薫りのおかげで、彼の身体中どこもかしこも、甘いのではないかと錯覚してしまった。


「普段は、こんなに反応しないはずなんです」


「反応……?」


「ええ。相性の問題で……反応してしまうんです。そうすると、こうして、薫りが強くなります」

 どういうことか解らなかったが、彼の眼差しは真摯で、嘘を吐いているようには見えなかった。



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