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第4話



 交通事ギリギリだった。


 人ではないであろう存在とした『約束』のことは気に掛かったが、それより、時が付いたら交差点のど真ん中に立ち尽くしていて、あとで通報を受けてやってきた警察官に、しこたま怒られたことの方が問題だった。

 運の良かったことは、会社に連絡されなかったことだが、


「ヤベーヤツおる!www」


 というタイトルで動画が撮影されていたらしく、それが運悪く、バズった。

 そして、勤務中に危険な行動を取ったということで、管理部門がカンカンだったが、直属の上司が「あいつも疲れてたんですよ。飲酒していた訳でもないのですから、許してやって下さい。少し休ませましょう」と申し出てくれた事で、なんとか事なきを得た。


 上司には感謝しかない。


 自宅謹慎三日。ということで、ゆっくり寝て休んでリフレッシュしろということだったが……、リフレッシュの仕方が良くわからない。


 昔好きだったのはそういえばホラー映画だったと思い出して、ホラー映画を見ていると、最近は『モキュメンタリー』というのが流行っているというので、何本かオススメサイトにタイトルが上がっていた。


「へーなんか、変な名前、モキュメンタリーって。なんか、モキュモキュしてるかんじ?」

 一人暮らしの駄目な所は、こうして、独り言が多くなることだと思っている恭介だったが、するべき事がない三日間なので、独り言は酷くなっている。


『モキュメンタリーって、じんわりくるだな』

『なんか、自分の身にも起こりそうなのが怖い』

『モキュメンタリーのイベントに行ったけど、アレは本当に怖かった。当日はそうでもなかったんだけど、帰ってきてから、怖くなったんだよ』


 などという書込みがあって、その中で、恭介の目に留まったのはある人の書込みだった。


『モキュメンタリーより、各都道府県の警察の『行方不明掲示板』が怖いよ』


「行方不明掲示板……?」

 そんな物があるなんて今まで知らなかった。

 試しに、『県の名前』と『行方不明掲示板』で検索してみると、たしかに、当該の都道府県の『行方不明掲示板』が表示される。


「へー結構多いんだな……」

 と思いつつ見て行くと、内容は殆どが高齢者だった。


 一生懸命、七十歳八十歳まで働いて、ある日、自分の帰るべき家を見失って、自宅にいるというのに『お家に返して』と叫んで出て行ってしまった高齢者の事をおもうと、胸が痛くなる。


 長く生きていても、年金も貰えなさそうだし、こんな風に行方不明掲示板に掲載されるのが末路なら、若いうちに遊ぶだけ遊んで死んでしまったほうが良いのではないだろうか、と真剣に考え始めた時、ある県の掲示板で、とある男の写真に釘付けになった。


 豊島達郎(失踪当時五十五歳)


 でっぷりと太ったその人は、あの時、夢の中で店主と性交をしていた、あの男に間違いなかった。


「……えっ? 何で、マジで……?」

 訳が分からなかった。


 アレは夢だし……あの茶藝館は、この世には存在しないものだ……。

 と考えた時、ぞくっと背筋が震えた。


 あの男に、覚えがある。


 そう。

 あの当時―――性交だというのが判らなかった。


 そして、あの時、性交しながら、あの店主と目が合った。その時。


(俺は……、店主が、虐められてるんだと思って……)


 そして、彼が助けて、と言った気がして……。

 そして、店に入ったのだ。




 店に入ってからのことを、思い出した。


 店に入る、そして、懸命に腰を振って、店主を貪っていた男の頭を―――殴りつけたのだ。


 男は、何をされたか分からなかったようだが、やがて、ものすごい力で、恭介を殴りつけた。そして、店主が、もう一度、彼を殴った。もう一度、ではなかった。原形をとどめなくなるまで、殴りつけた。


 辺り一面が血の海になって、紅蓮の池が出来ていた。


 そこに、一輪の蓮が咲いた。


「華果同時」


 と店主が言った。花と実が、同時に現れるのが、蓮だと言った。

 そのことを、急に、恭介は思い出した。




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