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第3話 一瞬の出会い

夜が深まり、星見クラブの最上階、豪華な個室。数人の身なりの良い男たちが、煙の立ちこめる中で腰を下ろしていた。


「今日の司の歓迎会、どうしてこんな騒がしい店を選んだんだ?」と、一人が不満そうに言う。


新しいナイトスポットに対して、みんなあまり良い印象を持っていないようだった。どこか自分たちの格に合っていないように感じていたのだ。場所を選んだ高杉拓海が笑いながら言う。


「若い連中が好む場所だし、たまにはこういうのも悪くないだろ?時代についていかないと、ほんとに取り残されちまうぞ。」


拓海は司の方へ視線を向けた。「司、お前も海外に長くいたんだろ?向こうはもっとオープンだろ?外のダンスフロアも盛り上がってるみたいだし、ちょっと行ってみようか?」


他の男たちはすぐに手を振って断る。「やめとけよ、明日にはニュース沙汰だ。立場を考えろ。」


笑いながら会話が続いていると、自然とみんなの視線が中央に座る司に集まる。彼だけはスーツを着ておらず、黒いジャケットをラフに羽織っている。しかし、その姿からは品の良さが漂っていた。顔立ちは鋭く、目元が鋭さを際立たせるが、どこか気だるげな雰囲気も感じさせる。その存在感は、どこか周囲を圧倒しているようだった。


九条司は、指先にほとんど燃え尽きかけた煙草を挟み、軽く灰皿に押し付けて火を消すと、背もたれにもたれて無表情を保った。


拓海が冗談交じりに言う。「司、そんなに急いで帰国したのは、九条家のお爺さんが具合悪いのか?それとも九条グループが潰れそうなのか?」


司は口元だけで微かに笑って、「どちらでもない」と返す。


「じゃあ、どうして?」と誰かが食い下がる。


司は少し伏し目がちになり、感情を隠すようにして答える。「新しいことを始めたくてな。」


それ以上話したくないようだったので、他の男たちはすぐに話題を変えた。その時、スタッフがドアをノックして酒を持ってきた。爆音の音楽が一瞬、部屋の中に流れ込む。


その騒がしさの中で、司の耳に高い女性の声が飛び込んできた。「美月、せっかく来たんだから楽しもうよ!後でホストたちをたくさん呼んであげるから、好きな人を選んで!」


重いドアが閉まり、その音がすぐに音楽を遮断した。司は無意識にドアの方に目をやるが、見えたのは閉じた隙間だけ。ほんのわずかに表情が動いた。


拓海が肩を押して言う。「なにボーッとしてんだ?飲もうぜ、これは俺が選んだ一番人気の酒だぞ。」


司はグラスを一瞥し、ふいに立ち上がった。


「どこ行くんだ?」と拓海が尋ねる。


「トイレ。」と司が答える。


「個室の中にもあるだろ。」右手の扉を指さすが、司はもう足早に外へ出て行った。残された男たちは顔を見合わせる。


「何考えてるんだか…」

「いま東京中の注目が九条家の御曹司に集まってんのに、あんなところで目立ったら面倒だぞ。」

「まぁいいさ、そのうち戻るだろ。飲もうぜ。」


司は喧騒の中をしばらく歩き回ったが、何も見られず、眉をひそめる。騒がしい音楽、混み合った人ごみで、肩がぶつかる。


厚い化粧をしている女性が「あら、そこのイケメンさん、一緒に踊ろうか!」と誘ってきたが、冷たい視線一つで退ける。うんざりした様子でジャケットを腕にかけ、黒いシャツのボタンを二つ外し、トイレの方へと向かった。


その時、ちょうど中から出てきた少女が、下を向いたまま危うく彼の胸元にぶつかりそうになる。司は反射的に腰を支え、すぐ手を離して一歩引いた。顔を見た瞬間、彼の目にかすかな光が宿った。


「小早川さん。」と低く落ち着いた声。


美月は一瞬きょとんとして顔を上げ、やっと思い出したように言う。「レックス?」


司は軽く頷く。目の前に立つ美月は、白い肌にほんのり酔いの赤みがさしていて、右目の下の小さな涙ぼくろがきらりと光り、その儚げな美しさを際立たせている。シンプルな白いワンピースに細い足首がちらりと覗き、司は思わず視線を逸らした。


「え?レックスさん?偶然だね」と美月が微笑む。「帰国したの?またイギリスに戻るの?」


「うん、帰国した。しばらくは日本にいる。」と司が答えるが、また何か言いかけたところで――


藤原悠が勢いよくやってきた。「遅いじゃん!迷子になったかと思ったよ!」と美月を見てから、司をじっと見つめる。「この人は?」


「知り合い。」と美月が少し距離を取るように微笑んで、「じゃあ、私たち行くね。」と軽く会釈した。


司はその場に立ち尽くし、二人の後ろ姿をしばらく見送っていた。


カウンター席に戻ると、悠がすぐに身を乗り出して聞いた。「さっきの人、誰だ?あんなイケメン、見たことなかったけど、いつ知り合ったの?」


「そんなに親しくないよ」と美月は肩をすくめる。「前にイギリスで誠司と会ったとき、ホテルの廊下で偶然出会った日本人なの。そのとき、彼が薬を盛られて意識が朦朧としていて、私が病院に連れて行ったことがあって、その後、何度か同じホテルで会っただけで、名前はレックスってしか知らないけど、今日会うまで日本に戻っていたなんて思わなかった。」


悠は感心した様子で、「あの雰囲気と顔、東京でもトップクラスだね!何してる人なんだろう?」


美月は首を振る「分からない。でも、あの黒のシャツとズボン、なんだか見覚えがある気がして…」


悠がふっと膝を打つ「そうだ!さっきのホストたちと同じ格好してたじゃん!それに、海外に住んでて、薬盛られたって…もしかして、その仕事だったりして?最近、海外も景気が悪いし、帰国してホストやってるのかも。あの顔なら、ナンバーワン確定だよ!」


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