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第6話 完全なる決別

美月は足を止め、ゆっくりと振り返った。 蕾がまともな話をするとは思えなかったが、どんな手を使ってくるのか、少し興味が湧いた。


蕾は少し態度を和らげたように見えたが、それでも相変わらず棘のある口調で言った。「九条家のパーティーに出席したいから、招待状を手に入れて。」


「九条家?」 美月は悠から九条司が帰国してパーティーを開くと聞いたことを思い出した。


美月がすぐに断らなかったため、叔母がすかさず口を挟んだ。


「今回のパーティーは九条司が初めて公の場に現れるんですって。若くて有望な方だから、もし蕾が彼の目に留まれば、未来が広がるかもしれません…」


叔母は蕾を見つめ、まるで彼女がすでに九条家の妻になったかのような自信満々の顔をしていた。


美月は心の中で冷笑した。こんな夢みたいな話、呆れるしかなかった。


「招待状なんて手に入れられない、手伝うこともできない。」


蕾はすぐに声を荒げた「霧島家なら絶対ある!あんたが誠司さんに頼めばいいじゃない。こんな簡単なお願いも聞けないなんて、恩知らずにもほどがある!」


美月は淡々と答えた「私は誠司と別れた。」


蕾は信じられないと言わんばかりに、すぐに別の矛先を向けた。「親友の藤原悠がいるじゃない。藤原家もそれなりの家柄でしょ?彼女に頼んで、招待状を取ってきて。」


美月の声は冷たく、「無理。」と一言。


小早川家の面々は焦り始めた。自分たちの地位では九条家に近づくことすら無理だ。頼れるのは美月の人脈だけだった。しかし、美月が頑なに拒否するので、叔母が慌てて美月の腕を掴んだ。


「美月、蕾は容姿もいいし、九条司の前でうまく立ち回れば、もしかしたら本当に九条家のお嫁さんになれるかもしれない。そうすれば、あなたにもきっといいことがあるわ。」


美月は鼻で笑いながら、「九条家の御曹司が、誰でも相手にすると思ってるの?」と冷ややかに言った。


「なによ!」蕾は悔しそうに叫ぶ。「あんたも親友も、たいしたことないくせに!招待状ひとつも手に入らないなんて!」


美月はその言葉に合わせて静かに言った。「そうね、私たちはたいしたことないから、他を当たって。」


そして振り返ろうとした時、今まで黙っていた叔父が立ち上がり、低い声で言った。


「招待状一枚くらい、他人に頼まなくてもいいだろう。お前の父親は生前、九条家のご当主と親しかったはずだ。その縁でどうにかならないのか?」


父親の名前が出ると、美月の表情が一気に冷たくなった。


「さっきまで小早川家が衰退しただの、私が見下されてるだの言ってたのに、今さら父の顔を使う気?」美月は冷徹な目で叔父を見据えた。


「そ、それは……」叔父は言葉に詰まった。


美月は首を横に振りながら言った。「これまで十分すぎるほど助けてきました。これ以上は無理です。」


美月が立ち上がり、その場を離れようとした時、蕾が甲高い声で叫んだ。「あんた何を助けたっていうの!長年うちの世話になっておきながら、今さら手伝いもせず、本当に恩知らず!」


本来なら関わりたくもなかった美月だったが、「育ててやった恩」を繰り返し口にされ、さすがに我慢の限界だった。美月はリビングの中央にあるソファの一番奥にどっかりと腰を下ろした。


「そんなに“恩”を強調するなら、今日はきっちり精算しとう。」


「去年、小早川家の会社が倒産しかけたとき、私が誠司に頼まなかったら、この家はとっくに競売にかけられていた。」美月は豪華なシャンデリアを見上げながら言った。自分がいなければ、この家に住むことすらできなかったのに。


「それから、先月、お兄さんの彼女が私の職場にコネで入ってきて、入ったばかりでオーナーの高価な花瓶を割り、同僚に横柄な態度を取った。結局、私が頭を下げて収めたこと、忘れていないよね?」


「他にも数えきれないほどのことがある。これでも、私はまだ十分お返ししていないと?」美月は静かに言った。


美月がソファに腰をかけると、小早川家の面々は立ったままで、明らかにその場の空気が逆転した。彼らは屈辱を感じつつも、何も言い返せなかった。


ずっと黙っていた哲が、ぼそっと呟いた。「でも、お前が小早川家に世話になってるんだから、それくらい当然だろ……」


美月の鋭い視線が哲を射抜く。哲は一瞬びくつきながらも、無理やり睨み返した。


美月は目を閉じ、深く息をつき、再び口を開いたときには声がかすかに震えていた。


「私の両親が亡くなる前、小早川家の事業は東京でも名の知れた規模で、霧島家よりもずっと大きかった。私は唯一の相続人だった。でも、その時私はまだ八歳で……あなたたちが私を引き取って、会社もそのまま手に入れた。」美月は冷徹に言った。


その後、叔父が会社を引き継ぎ、経営に失敗して小早川家は急速に衰退し、最終的には外資に安く売却された。叔父はその金で新しい会社を立ち上げ、なんとか今の体面を保っている。両親の遺産はほとんど使い果たされてしまった。


美月は怒りを押し殺しながら続けた。「当時、会社は千万円でしか売れなかったと私に言って、しかもそのお金じゃ私を養うこともできないって言ったこと、忘れていないわよね。小早川家ほどの規模の会社が、そんな安値で売れるわけがない。ここ数年、使い込んだお金がどこから出ているのか、自分たちで分かっていないわけがないでしょう?」


美月は少し間を置き、皮肉っぽく笑った。「“育ててやった”なんて、むしろこの数年、私があなたたちを養ってきたのよ。」


「それでも私が今まで黙ってきたのは、ほんの少し情があったから。でも、あなたたちがそこまで無神経なら、私も自分のものを取り戻す覚悟はできている。」


美月の言葉は一つ一つが重く、リビングには重苦しい沈黙が流れた。小早川家の面々は青ざめ、まったく言い返せなかった。美月は冷たい視線で彼らを一瞥し、そのまま振り返ることなく、小早川家を後にした。



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