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第9話 賭け

誠司は力を込めて手のひらが白くなるまでキャッシュカードを握りしめていた。


美月が彼を避けているのは、機嫌を損ねたからだと思い込み、すぐに藤原悠に電話をかけた。


「美月は?どこにいる?」


「なんで私に聞くの?知らないよ。」


「お前が隠してるんだろ?美月の親友はお前しかいない、絶対お前のところに行ってるはずだ!」


彼と藤原は昔から馬が合わず、会うたびに藤原は彼のことをダメ男だと罵っていた。今日も皮肉混じりの声に、誠司の怒りはますます募り、美月が彼をブロックしたのも藤原のせいだと疑っていた。


「藤原悠、俺と美月はもうすぐ結婚するんだ。余計なことするな!」


悠はさらに冷たくなった「誠司さん~美月はもう別れたって言ってたよ。結婚なんてしないから。後悔でもしてろ!」


やっぱりな、と誠司は思いながら言った。「本人に代われ。」


「いないってば!私もどこにいるか知らない!」


さすがに誠司も焦り始めた。美月は引っ越して、藤原のところにも行っていない。じゃあ、どこに行くっていうんだ?藤原の嘲笑が続いた。


「君、本当にどうしようもないね。美月がいるときは何も分かってなかったくせに、振られてから慌てるなんて。どうせなら、お気に入りの女のところにでも行けば?ダメ男とビッチ、お似合いだね。」


誠司は電話越しに藤原を絞めたくなる衝動を抑えながら言った。


「ただの意地の張り合いだ。今まで何度もあっただろ?どうせ仲直りするさ、お前なんか部外者だ。好きなだけ悪口言っとけよ、美月には俺がどう言うか見てろ。」


藤原は呆れたように笑った。「お前、本当にピエロみたいだ。こっちまで笑いすぎてパックが剥がれそう。」


誠司は思わず体が固まった「見てろ。二日もすれば、あいつは大人しく戻ってくる!」


電話の向こうで、悠はスマホを握りしめていたが、心は不安を感じていた。今まで美月は必ず自分から折れてきた。今回は本当に意地を張り通せるのかどうか分からない。しかし、言葉では絶対に負けない。


「今回は本気だ。」


誠司は自信満々に「賭けるか?何日で戻ってくるか。」と言った・


「ふざけんな!もううんざりだ!」


ツーツーという音を聞きながら、誠司はイライラしてソファを蹴りつけた。藤原の言葉なんて信じていない。それは周りの友人たちも、みんな美月が自分なしではいられないことを知っているから。


やりきれない気持ちで、親友の田中文雄に電話をかけた。「飲みに行こう。」


煙が漂うバーの個室で、田中が肩を叩いた。「なんか、元気ないな。」


隣の誰かがからかうように「誠司さん、来月は結婚式じゃないの?準備で忙しいはずだが、こんなとこにいていい?」


誠司の表情は一瞬で曇った。


田中はじっと霧島を見て、「また美月とケンカか?式の前なんだから、まだ落ち着けないか。」


「美月って誠司さんのこと大好きだろ?どうせ数日で戻ってくるんだ、そんなに気にすることないじゃん。」


「そうそう、この前なんて一日も経たずに仲直りしてたし。」


「いいよなあ、家には美人がいて、外では堂々と他の女と遊べるなんて、うらやましいーー。」


そんな話を聞きながら、誠司はもやもやして、黙って酒を飲んだ。ピリッとした刺激で、やっと少し落ち着いた。


周りの話題はずっと美月のままだ。


「今回は何日で美月が戻ると思う?」


「俺は一日に一万円賭ける!」


「しょぼいな。どうせなら十万円からにしろよ。」


「じゃあ、俺は二日でーー」


田中は誠司の様子を見て、「今回は結構大ごとなんだな。俺は三日で。」


笑い声が響く中、酒が回った誠司がテーブルを強く叩いた。「賭けなんてやってられるか!もう五日も経ってるんだぞ!LINEもブロックされた、結婚もナシだって!」


一瞬で場が静まり、すぐに大きな笑い声が巻き起こった。誰も本気で婚約破棄になるなんて思っていないし、美月がそこまで意地を張れるとも信じていなかった。


……


「ヴィクトリア」は東京でも希少の高級会員制クラブ、入会金は六百万円からという。静かで上品な環境は、街の喧騒を忘れさせる。最も奥にある三つの特別ルームは、一般の人では利用できない。その一つに今夜、灯りがともっていたーー。


拓海が七万牌をテーブルに置いた。「司、お前イカサマしてるだろ?いい手ばっか引いてるな!」


司は静かにお茶をすすりながら「運が悪いのを人のせいにするな。」と言った。


他の二人も大声で笑った。「また負けても知らんぞ。」


拓海は悔しそうに、「もう一回だ!」


ちょうどその時、スマホの通知が鳴り、彼はちらりと画面を見て鼻で笑った。


「司、お前に頼まれてモリトオグループのこと調べてるけど、部下が何でもかんでも報告してくるから面倒くさい。」拓海は司がモリトオグループのビジネスにしか興味がないと思っていたので、霧島の私事なんて報告する気もなかった。


「何の話?」司がふいに口をはさんだ。


「大したことじゃない、さっき霧島がバーで愚痴ってた。婚約者に振られて、結婚がナシになったってさ。」


司の伏せられた睫毛がわずかに上がり、東牌を持つ指先が一瞬止まった。誰にも気づかれないほど、彼の口元にごく薄い笑みが浮かんだ。


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