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第10話 新しいお隣さん 

次の勝負も、拓海の勝ちだった。司は無表情のまま、何度も彼に有利な牌を回していた。次の次も、同じ展開が続いた。


拓海は、どこか背中に冷たいものを感じて思わず言った。「お前、どうかしてるんじゃないのか?」


司は指先でテーブルを軽く叩いた「気分がいいだけだ。」


何回後、司は牌を置き、「疲れた」と呟いた。


「もうちょっとやろうぜ!やっと俺が連勝できたんだし!」と拓海が駄々をこねる。


「もう帰る。」司はコートを手に取り、そのまま部屋を出ていった。


外には既に車が待っていた。乗り込むと、秘書の高橋に尋ねた。「部屋の件は?」


「手配できました。松風荘、九条グループが開発したマンションです。2LDKで、内装も完璧です。一階に二世帯だけで、向かいの部屋は空室で静かで安全な環境です。月額60万円ですが、ご指示通り小早川さんには6万円と伝えました。とても満足されていて、明日契約予定です。」


「わかった。」司はシートにもたれ、「向かいの部屋も準備しておいてくれ。」


……


美月は二日間奔走した末、やっと満足のいく部屋を借りることができた。松風荘の家賃は信じられないほど安い。不動産屋は「オーナーが早く貸したいから」と言っていた。荷物も少なく、午後には悠が手伝いに来て、すぐに片付けが終わった。


「誠司には自分から連絡しちゃだめ」と悠は帰る前に何度も念を押し、美月がしっかり約束するまで心配そうにしていた。


美月は部屋をもう一度丁寧に掃除した。有給を一週間取っていたが、明日が最後の日。それなのに、午後にはもう会社から復帰を催促する連絡が来ていた。


彼女は「カラフル」ジュエリースタジオでデザイナーをしている。最近、ある女優がカラフルのネックレスを付けてレッドカーペットに登場したが、別ブランドのファンに「安物だ」と揶揄され、SNSで大きな話題になった。


そのおかげでカラフルは一気に注目を集め、売り上げランキングの上位に躍り出た。会社も新作の発表を急いでおり、しかもそのヒットしたネックレスは美月のデザインだったため、上司から新作の催促が止まらない。


片付けが終わり、美月は早めに寝ようと思たが、新しい環境のせいか、なかなか寝付けない。三十分ほど経ち、お腹が鳴り始めた…「どうせ眠れない、夜食でも食べに行こう!」そう思い、玄関のゴミ袋を手に持ち、ドアを開けた。


その瞬間、エレベーターの「チン」という音が響いた。


扉が開き、ひとりの男性が現れた。


完璧に仕立てられたダークスーツを身にまとい、端正な姿。襟元まできっちり締めていて、どこか近寄りがたい雰囲気すらある。


美月は思わず目を見開いた。「レックス…さん?」


司も絶妙なタイミングで驚いた表情を見せた。「小早川さん?」彼の視線が、美月の手にしたゴミ袋、部屋着、ふわふわのスリッパへと移った。


「ここに住んでるんですか?」


「今日引っ越してきたばかりなんです。偶然ですね、レックスさんもこのマンションなんですか?」


司は表情を変えずにうなずいた「ええ、もうすぐ一ヶ月になります。」


「本当に偶然ですね。」美月はほっとした笑顔を浮かべた。さっきまで、どんなお隣さんか不安だったけれど、知っている人なら安心だ。彼女は司をさりげなく観察し、悠が星見クラブで囁いていた噂を思い出す——ホスト。


こんな遅くに帰ってきて、少しお酒の匂いがする。いい雰囲気だけど、家賃六万円の部屋に住んでいるなんて、お金持ちなら、こんなところには住まないだろう。この人は業績が伸びず、お金持ちに気に入られていないのだろう。


内向的な性格で、自分より年上に見えるし、女性に甘えるのも苦手そうだと、美月は少し同情を覚えた。彼女は軽くうなずいてから、エレベーターに向かって歩き出した。

「それでは——」


すれ違うとき、ふと爽やかな酒の香りに気づいた。その奥に、ほんのりとしたシダーウッドの香りが混じっていて、とても上品だ。距離が近づくと、その整った顔立ちが目の前に迫り、改めて圧倒される。


扉が閉まると、美月は思った「こんな条件なら、星見クラブよりもっと高級な店で働けば、きっと人気が出るのに。」


下に降りてゴミを捨てた後、近くのお店で焼き鳥を買った。帰り際、新しいお隣さんに挨拶しようと思い立つ。彼の「仕事柄」、体型にも気を遣っているだろうと考え、焼き鳥はやめて、おでんを一人分だけ買った。


十分ほどして、美月はおでんを手に司の部屋の前に立ち、少し緊張しながらノックした。


しばらくして、司はタオルで濡れた髪を拭きながら現れた。


シャワーを浴びたばかりで、きっちり整えられた前髪が少し乱れ、いつもより若々しく見える。髪先から滴る水が首筋まで流れ、無造作に腰に巻かれたバスタオルの中へと消えていく。


上半身は裸で、鍛え抜かれた胸や腹筋に水がつたっていた。光の下で、その引き締まったラインがはっきりと浮かび上がる。


美月は必死に目を逸らそうとしたが、その見事な体つきから目が離せなかった。


さっきまでスーツ姿でスリムに見えていたが、まさかこんなに鍛えているとは…!


さすがホスト、ボディーも完璧だ――。


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