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第18話 美月は私のゲストだ

司の目尻が僅かに吊り上がり、その鋭い眼差しが一瞬、冷たい閃光を帯びる。その視線に晒された誠司は、思わず息を呑んだ。


しかし、彼はこの場で引くわけにはいかず、首を強張らせて大きな声を上げた。


「ここは九条家の宴会場だ!お前が口を挟む権利はない!美月と俺の問題に、他人が立ち入るな!さっさと出ていけ!」


その言葉に、司の唇がわずかに歪む。


「なかなか度胸があるようだな、霧島誠司さん」


その瞬間、扉の向こうからノックの音。秘書の高橋が静かに入室する。

「社長、防犯カメラの映像の準備が整いました」


「……社長?」


誠司のまぶたがピクリと震える。その呼び名に、背筋を冷たい汗が伝う。東京の経済ニュースで九条家の主要メンバーについては噂だけでなく、経済誌などで写真も見たことがある。しかし、目の前の男の醸し出す圧倒的な存在感は、彼の知る誰とも異なっていた。


目の前の男、まさか……


司の端正な顔立ちには明らかな怒りが浮かび、その瞳には誠司を“見る価値もない”とでも言いたげな侮蔑の色が滲んでいた。


あの威圧感、あの支配者然とした佇まい。間違いない。


――九条司。


生まれながらの支配者の圧力と雰囲気に、誠司の背筋に冷たい汗が流れた。


清夏が不安げに声を上げた。


「……防犯カメラって、何のことですか?」


司は彼女に目もくれず、高橋が手に持つタブレットへと視線を落とす。


清夏は会場の死角を選んだつもりだったが、予備カメラはそれを逃さなかった。タブレットには、彼女の不自然な動きがはっきりと記録されていた。


司はそれを一瞥し、低い声で高橋に命じた。


「映像を一階ホールのメインスクリーンに、三回繰り返して流せ」


高橋が指示を出すと、程なくして一階のスクリーンに映像が投影される。


そこには、清夏がテーブルクロスを意図的に引く姿が、克明に映っていた。


誠司は凍りついたように清夏を振り返る。


「美月がわざとテーブルクロスを外してお前に罪をなすりつけたって言ったが、映像ではどう見てもお前が自分でクロスを引っ張ってる。美月の手はまったく触れてないぞ!」


清夏は瞬時に涙を浮かべ、しどろもどろに弁解した。


「ち、違うの……!ただ触れちゃっただけで……美月が、私を怒らせたから……!」


その言い訳では誰も納得しない。

彼女は必死に誠司の袖を掴み、泣き声で叫んだ。


「誠司、私わざとじゃないの!美月が先に私を怒らせたんだよ!」


必死の弁解も虚しく、司の冷笑が響く。


「水野さん。監視カメラの音声も、録音されている。あなたが『怒らされた』経緯も、再生して差し上げようか」


「や、やめてくださいっ……!」


清夏は泣きながら誠司に縋りつく。

「誠司、お願い……私は悪くないの……!」清夏は涙で誠司の同情を引こうとするばかりだった。


誠司も怒りが収まり、事の重大さに気付き、先ほどの無礼な態度を悔やんだ。 。

「……九条様、彼女に悪気はなかったんです。ただの誤解でして……清夏、九条様に謝れ」


清夏は慌てて頭を下げる。

「ごめんなさい、九条様……私が悪うございました……」


しかし、司は冷たくそれを制した。

「謝るべき相手は、私ではない」


言葉に詰まる清夏。しぶしぶ美月の方を見やるも、その顔には屈辱が浮かんでいる。長年見下してきた相手に謝ることは、彼女にとってこの上ない屈辱だった。


「……わ、私……」


「反省の色が見えないね」


司が静かに視線を高橋へ向けると、すぐに警備員が現れ、清夏の両腕を取って連れ出そうとする。


「謝りますっ、美月に謝りますからっ!」


清夏の叫びも虚しく、警備員は一歩も止まらない。


「もう遅い」


「誠司、助けて……!」


誠司が一歩前へ出ようとした瞬間、司が遮るように言った。


「追えば、“彼女はあなたの指示で動いていた”と、世間にそう思われるよ」


「ち、違う!俺は何も知らなかったんだ!」


誠司の声は空しく響く。彼はすぐに足を止め、清夏との関係を否定した。


「……九条様、私は本日、ビジネスの話をしに来ました。何卒、今後の関係をご検討いただければ……」


彼はおそるおそる話し続けたが、望みは不可能と分かっていた…それでも僅かな希望に賭けていた。だが、司は無言でスマートフォンを操作し、視線を一切向けなかった。


完全に無視された誠司は、いたたまれず、交渉の話を飲み込み、美月に小声で尋ねた。


「……君、いつ九条様と知り合ったんだ?」


「あなたと関係ないわ。帰って」


誠司は怒りを抑えつつ言った。 「……せめて、九条様に一言だけ取りなしてくれ。モリトオグループの件で、提携したいんだ」


「モリトオ? そんなの私には関係ない」


誠司が苛立ちに任せて手首を掴む。

「俺たちはもうすぐ結婚する。来月には式もあり、これから家族になるんだ。君にも関係あるだろ?」


その手を振り払った美月は、懐紙で自分の手首を丁寧に拭った。


「誠司、私たちはもうとっくに終わってる。たとえ婚約が残っていても、この数年、あなたが私にどれだけ心を砕きか?モリトオグループの価値が倍になっても、あなたは私に1%の株すら分けてくれるのを忘れていないよね」


彼女は一息つき、冷たく言い放った。


「だから、モリトオグループのことなんて私には一切関係ない。私たちはもう完全に終わったの。今後一切関わらない。」


この言葉は誠司のプライドを深く傷つけた。彼は美月が自分なしでは生きていけないと思い込んでいたが、今はただの駄々だとしか思えなかった。


「ウェディングドレスのこと、まだ怒ってるんだろ?明日一緒に選びに行こう。招待状ももう配ったし、結婚式は絶対にやる!」


彼は美月を無理やり連れて行こうとした。


「九条様、婚約者と用があるので、失礼します。改めてご挨拶に伺います。」


その言葉を遮るように、司がようやく顔を上げた。


その眼差しは氷の刃のように冷たい。


「美月は、私が招いたゲストだ。帰るなら……一人でどうぞ」


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