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第21話 美月を政略結婚の道具にしているのか?

正義の顔色が一瞬で険しくなり、しばらく黙り込んだ後、おずおずと口を開いた。「九条様……」


司は彼に視線を向ける。口元にはかすかな笑みを浮かべているものの、目には冷たさが宿っていた。


「先ほど、美月が霧島のおばさんと電話しているのを、ちょうど少し聞いた。美月はあくまで婚約解消を伝えただけで、決して無礼なことは言ってなかった。」


「今はもう21世紀だ。霧島家は、まだ時代遅れの価値観で美月を政略結婚の道具のように扱うつもりか?」


司の言葉は率直だった――


美月の婚約解消は当然の権利であり、それを無理に引き止めるのは筋違いだという意味だ。正義の顔はもともと不安で青ざめていたが、さらに険しくなった。


「……いいえ、婚約を解消するなとは言わないです。ただ、美月も一時の感情で決めているのかもしれない…結婚は人生の一大事です。」


「確かに霧島さんのおっしゃること一理ある。」


司は言葉を続けた。「ですが、おばさんが突然様態が悪くなったとは、美月には関係のないこと。霧島さんはどう思う?」


正義の額にじわりと汗がにじむ。年齢では司よりずっと上だが、その圧迫力に圧倒され、思わず頭が上がらない。「……確かに、全て美月のせいにはできません。」


「そうであれば、霧島家で美月を責め立てるのは、外から見れば少し大げさに映る。」


正義は慌ててうなずいた。「はい、私たちの配慮が足りませんでした……美月が美和のそばに残りたいと言うのは当然のことです。」


司の冷静な言葉で、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。霧島家の親子は、東京の実力者である司には逆らえない。


美月が司とどこで知り合ったのかは分からなかったが、これほど頼りになる人物が友人なら、もう無下には扱えなかった。


数人が救急治療室の前に座る。美月は一人端に座り、霧島家の二人はもう一方に座っていた。その間には明らかな距離があった。美月は司への感謝の気持ちを抱きつつも、言葉にするのはどこか気恥ずかしく、後日松風荘にお礼に行こうと心に決めた。


席についたばかりの美月のもとへ、さっき去った司が紙袋を持って戻ってきた。彼は美月の前に立ち、袋からアイスパックを取り出して渡す。「頬が腫れている。冷やしておきなさい。」


美月の鼻先がじんと熱くなる。差し出されたアイスパックを受け取ると、思わず目が潤んだ――


彼にとっては些細なことかもしれないが、確かに自分が気遣われていると感じられた。「九条さん……」

かすれた声でお礼を言い、ひんやりした感触に身を縮める。


さらに司は袋からスリッパを取り出して床に置いた。美月は驚きながらも、黙ってヒールを脱ぎ、ふわふわのスリッパに履き替える。柔らかな感触が足を包み、心の中にも少しずつ温かさが広がった。


靴を履き替えたところで、厚手のブランケットが膝にふわりとかけられる。露出していた肌をそっと覆い、司は小声で「何かあったら呼んで。少し電話してくる」と言い残し、階段の方へ歩いていった――


霧島家の人が美月をじろじろ見ていたのを察し、余計な気を遣わせたくなかったのだ。


階段の踊り場で、司は壁にもたれながら煙草に火をつける。しかし視線はずっと救急治療室の前の美月に向けられていた。


高橋から電話が三度もかかるが、会社に戻るつもりはなかった。自分がいなければ、美月はまた理不尽な思いをさせられるかもしれない。


やがて夜明け近くなり、救急治療室の扉がようやく開く。医師が出てきて「患者さんは無事でした。病室に移りますが、しばらくは感情の高ぶりがないように気を付けてください」と告げる。


おばさんが病室に移された後、真美子は美月の入室を拒んだ。美月は外で待つしかなく、そこへ誠司と清夏が駆けつけてきた。


誠司は美月の顔を見るなり、低い声で言う。「母さんが倒れたのはお前のせいだ。満足か?美月、怒りがあるなら俺にぶつけろ。どうして母さんを巻き込むんだ。」


美月が何も言えないうちに、誠司は病室へ入る。しばらくして、中から真美子の声が聞こえてきた。「お母さん、あの子にそこまで気を遣う必要ある?もう一度倒れたいの?」


続いて、真美子が渋々ドアを開け、「母さんが呼んでるわ」と言う。


美月は急いでベッドに駆け寄る。おばさんは弱々しいが、しっかりと彼女の手を握りしめた。「美月、あなたのせいじゃない。私が焦ってしまっただけ。自分を責めないで。」


「おばさん……」美月の我慢していた涙がこぼれ落ちる。


美和は室内を見渡し、鋭い視線で誠司と清夏を睨んだ。「元と言えば誠司が悪い!外で浮ついたことをしているから、美月がこんな思いをするんだよ!」


彼女は清夏をきつく睨みつけ、後者は慌てて誠司の後ろに隠れる。


それから、おばさんの表情は柔らかくなり、美月の手を優しく握りしめた。


「美月、誠司のせいで辛い思いをさせて本当にごめんなさい。でも、あなたは小さい頃から誠司が好きだったし、彼と結婚するのが長年の夢だった……。あなたのお母さんは私の一番大切な友人だったの。彼女が亡くなった後は、あなたを自分の娘のように思ってきた。もうこれ以上、あなたが一人ぼっちで世間から何か言われるようなことは、絶対にさせたくないの。」


「本当に婚約を解消したら、あなたはこれからどうするの?」


もし他の誰かに同じことを言われていれば、美月はきっと反論しただろう。だが、おばさんの真剣なまなざしの前では、何も言い返せなかった。本気で自分のことを思ってくれている――その気持ちが痛いほど伝わってきて、どうしても強くはなれなかった。


その様子を、病室の外に立つ九条司がじっと見つめていた。中のやり取りを目にしながら、彼の目は次第に冷たくなっていく――


この霧島家、本当にうんざりだ。


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