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第28話 愛されてない方こそ、邪魔者よ

霧島家の本邸。


美月はこの場所に慣れており、霧島家の家政婦も彼女のことを覚えていた。


「美月さん、どうぞこちらでお待ちください。奥様をお呼びします。」

家政婦は丁寧に美月をリビングへ案内した。


「ありがとうございます。」

美月が腰を下ろした瞬間、真美子が階段を降りてきた。


彼女は美月の顔を見るなり、露骨に不機嫌な表情を浮かべた。

「なんであんたなの?兄さんはここに住んでないよ。会いたいならマンションに行けば?」


美月は落ち着いたまま微動だにせず、「誠司に用はないわ。今日は美和さんに会いに来たの。」


「母に?あんた、自分の男を管理できなくて、親に泣きつきに来たわけ?まるで被害者ぶってるだけじゃない!」


真美子は、美月が母親を味方につけて誠司と清夏の仲を引き裂こうとしていると決めつけていた。美和が美月の味方をするたび、真美子の苛立ちは募るばかりだった。


彼女にとって、誠司は最初から美月を愛していなかった。ただ昔の約束に縛られているだけ。この婚約なんて時代遅れの遺物だ、としか思えなかった。


「この前、母が病院で兄さんのことを散々叱ったばかりだけど、また同じことをする気?」


美月は争う気もなく、「どう思っても構わないわ。」


真美子は清夏と仲が良く、清夏が兄の妻になることを願っていた。これまで美月は、誠司のために真美子にもかなり気を遣ってきたが、今日の冷淡な態度には真美子も少し戸惑った。


彼女は足早に階段を降り、美月がテーブルに置いた箱に目を止めた。


「これ、何?」

そう言うなり、遠慮もなく箱の蓋を開けた。美月はその無礼さに一瞬反応できなかった。


箱の中には、ルビーのネックレスが柔らかな光を放っていた。真美子はしばらく見つめ、目に一瞬驚きの色を浮かべた。

「……なかなか素敵なものじゃない。」


そして急に思い出したように言った。

「これって、あんたと兄さんの婚約の時に家が贈った品じゃないの?」


美月は何も言わなかった。


真美子は勝手にネックレスを手に取り、光にかざしてしげしげと眺めた。その価値に気づいたのか、表情がさらに険しくなり、勢いよく箱に戻した。


「わかったわ!これを持ち出して、両親を巻き込んで兄さんにプレッシャーかけるつもりね?」


美月が答えないのを見て、図星だと思い込んでいる様子だった。


「無理に兄さんを追い詰めなくても、結婚すること自体は決まってるだろう?でも兄さんの心はもうあんたにはないの。霧島家の奥様という立場だけで十分じゃない?清夏と仲良くしてくれるなら、名目上はずっと私の義姉でいられるのよ。」


美月は苦笑して、「それじゃ、私がまるで邪魔者みたいね。」


真美子は言葉に詰まり、しばし口ごもった後、強がってつぶやいた。

「愛されてない方こそ、邪魔者よ……」


美月は内心、滑稽で仕方なかった。自分がこんなにも卑屈になり、他人の恋路の障害になっていたとは。彼女は真美子の手からネックレスを取り返し、箱に戻した。


「私は誠司と別れたわ。今日は、その証として信物をお返しに来ただけ。このまま私が持っていても意味がないもの。」


「信じられない!」


真美子は鼻で笑い、「あんたが兄さんをどれだけ好きかは私は知っているよ、また何か企んでる!」

そう言うと、隣のソファに腰を下ろし、腕を組んで様子をうかがっていた。


その時、美和が階段から降りてきた。退院したばかりでまだ本調子ではなさそうだが、美月とテーブルの箱を見つけて、歩みを止め、どこか不安げな表情を浮かべた。


「美月ちゃん、いらっしゃい……」

美和の声は穏やかだった。


美月は立ち上がり、そっと美和をソファへと案内した。


「美和さん、今日はやはり、婚約解消の件で伺いました……」

そう言いながら、美和の表情を気遣った。


美和は小さくため息をつき、「何でも言ってちょうだい。もう前みたいなことはしないから。」


美月は箱を美和の前に押し出した。


「これは、以前いただいたルビーのネックレスです。もう婚約も解消したので、私が持っている理由はありません。

また、私の両親から誠司に贈った品も、できれば返していただきたいと思います。お互いに物を返し合って、きちんと区切りをつけたいんです。」


美和は箱をそっと撫で、しばらく黙り込んだ。隣の真美子は、相変わらず美月を白々しいといった顔で見ている。


だが、美和は以前のように感情的にはならなかった。


彼女は美月の手をしっかり握り、心配そうな目で言った。

「本当にいいの?誠司なんて、あなたにはふさわしくなかったかもしれない。でも婚約を解消すれば、この先ひとりで大丈夫?東京中の人があなたを誠司の婚約者として知ってるのよ。婚約破棄となれば、世間の目は厳しいし、あなたを支えてくれる人もいないのに……」


「お母さん!」

真美子が割って入った。

「どうせ本気で婚約解消する気なんてない、また母を困らせるために来たんじゃない?何を考えてるのか分からない!」


「黙ってなさい!」

美和はきっぱりと言い放った。


美月は美和の手を握り返し、静かに、しかしはっきりとした口調で言った。

「ご心配ありがとうございます。実は……今日はもう一つ、報告があります。」


少し間を置き、はっきりと告げた。

「私、結婚しました。」


リビングは一瞬、静まり返った。美和も真美子も言葉を失い、美月を見つめた。


しばらくして、真美子がまるで信じられないといった様子で叫んだ。

「美月!ふざけないで!」


美月は落ち着いた表情で、「本当よ。美和さん、心配しないでください。誠司と離れても、私はちゃんと幸せになれますから。」


「……兄と清夏を別れさせるために、嘘をついてるんじゃない?」

真美子は不信感を隠さなかった。


「違うわ。」

美月はきっぱり言った。

「誠司との関係は、もう完全に終わったの。誠司と清夏がどうなろうと、もう私には関係ありません。」


美月はカバンから婚姻届の受理証明書を取り出し、美和に差し出した。


美和が手を伸ばす前に、真美子がさっと証明書を奪い取った。


「どうせ偽物!そんなの信じられるわけないじゃない!」

真美子は声を荒げた。


「偽物を用意する必要なんてないわ。」

美月は冷静に返す。


真美子は証明書を何度も裏返し、隅々まで調べ、表紙まで剥がしそうな勢いだった。


「まさか、本物……?」

彼女は疑わしげに呟いた。


「本物よ。」

美月は淡々と答えた。


真美子はようやく内容を確認し、名前と写真を見た瞬間、声を上げた。


「九条司 !?」


その声は驚きと戸惑いに満ちていた。真美子は一瞬呆然とし、次の瞬間、まるで大発見をしたかのように甲高く笑い出した。


「美月!どうせ偽造するなら、もっとマシな名前にしなさいよ!九条グループの跡取りの婚姻証明なんて、どこで手に入れたの?お金払って作ってもらったんだろう?信じられないわ!」

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