美月が痛みに顔をしかめるのを見て、司の目はさらに冷たくなった。
彼はさりげなく高橋にメッセージを送った。「誠司の世話をちゃんとしてやれ。」
その時、誠司の手を潰さなかったことが、損だったかもしれないと思い始めた。
治療が終わり、二人は車で帰路についた。車内は重苦しい空気が漂い、美月は司の機嫌が悪いのを感じ取って、黙っていた。
しばらくして、司が口を開いた。「誠司は君が結婚したことを受け入れられず、また何かするかもしれない。ここにはもう住まない方がいい。」
美月は戸惑った。「そこまでしなくても……。あれだけ痛い目を見たんだから、もう懲りたはず……」
「別れた彼氏に襲われる事件なんて、いくらでもあるだろ。」司はイライラとハンドルを指で叩きながら言った。「あいつは実際、何をしでかすか分からない奴かもしれないし、万が一のことがあったら、後悔することになるぞ。」
さっきの誠司の狂気じみた姿を思い出し、美月はぞっとする。
「でも、部屋は新しく借りたばかりで、敷金も戻らないし、また探すのも大変で……」
信号が赤で車が止まる。司は顔を向け、少し低い声で言う。
「結婚したんだから、俺の家に来ればいい。」
「司の家に?」美月は目を上げ、言葉を反芻する。
契約結婚、干渉なし、一年後に離婚――同居?そんな話は聞いていない。
「……それは、ちょっと……」
美月が警戒しているのを見て、司は苦笑しながら言った。「安心してくれ。何もするつもりはない。ただ君の安全のためだ。お互いに感情はないし、俺が越えてはいけないラインを越えることはない。」
この言葉に、美月は少しほっとした。
彼の冷静さが逆に安心感を与える。
何より、司にはずっと好きな人がいるから、二人が一緒に住んでも特に心配することはないだろう。
同居しても、せいぜいルームシェア程度のことだ。
まだ迷っている美月に対し、司は決め手を出した。「一緒に住めば、おじいさんの回復にも良い影響があるかもしれない。」
美月はそこで思い出した。「そういえば、結婚してからおじいさんの体調はどうなった?」
青信号に変わり、司は表情を変えずに車を発進させた。「おじいさん、すごく良くなったよ。結婚してから、効果が抜群だった。」
「それはよかった。」美月は少し半信半疑だったが、おじいさんの回復を聞いて素直に嬉しい気持ちが湧いてきた。
司はさらに続ける。「実は占い師にも見てもらったんだ。君と俺の相性が良いらしい。君がそばにいると、おじいさんの回復や九条家の運気にも良い影響を与えるって。」
美月:「……」
お金持ちが占いを好むのは本当だな、と少し呆れた気持ちも湧いてきた。
しかし、司と結婚し、守られているのは事実だし、今夜も彼はしっかりと自分を守ってくれた。
恩を受けた以上、それを返すのが当然だと思った。
彼が求めているなら、協力するのも当たり前だと感じた。
「分かった。」美月は頷いた。「じゃあ、お世話になるわ。」
「問題ない。」司は前を見つめ、簡潔に答えた。
司の胸の中には、複雑な思いが渦巻いていた。
彼女を家に迎え入れられることは予想外の喜びだったが、彼女が同意した理由が自分自身ではなく、あの“占い師”によるものだと思うと、なぜかその占い師に対しても嫉妬心が湧いてきてしまった。