同居を承諾した後、美月はふと思い出した。
「最近、大事な案件があって、しばらくは引っ越す時間が取れそうにないの。仕事が落ち着いたらすぐに引っ越すから。」
司はうなずいた。「分かった。」彼女がそう言ってくれたなら、数日早かろうが遅かろうが気にしない。気長に待つつもりだった。
マンションが近づいた頃、司は再び口を開いた。
「もうすぐおじいさんの八十歳の誕生日祝いがある。九条家の皆は全員出席することになっている。君も一緒に来てほしい。」
美月の胸がきゅっと締め付けられた。二人の結婚は家族やごく親しい人しか知らない秘密だったが、九条家の人々には当然知られている。結婚だった以上、いずれは顔を合わせなければならないことは分かっていた。協力するのは当然だ。
「分かった、一緒に行く。」
司の口元がわずかに緩んだ。「家族には、私たちが契約結婚だとは言っていない。皆、本当に愛し合っていると思っている。パーティーでは、その辺をうまく演じてくれると助かる。」
美月は唇を引き結び、さらに緊張が高まった。「……分かった、ちゃんと合わせる!」
一方、警視庁では、誠司が特製の椅子に手足を拘束されていた。
警察官は長々と罪状を読み上げた。窃盗、不法侵入、傷害、騒動の引き起こし、さらには誘拐未遂まで――
誠司は必死に叫んだ。「彼女は俺の婚約者だ!ただの恋人同士の喧嘩だ!」
だが警察官は冷たく返す。「不正に入手したカードで他人の家に押し入り、住人の意思に反して暴力をふるった。より重大な犯罪行為が疑われる。」
「それに、調べたところ美月さんとはすでに婚約解消している。今は他人同士だ。」
誠司は言い返せなかった。警察の言い分も一理あるが、ここまで大げさにされるとは……
「俺のこの傷を見てくれ!本当の被害者は俺だ!捕まえるべきは司だろ!」
警察官は淡々と言った。「九条さんからも事情を聞く予定だ。ただ、あなたが言うような暴行というより、奥さんを守った正当防衛のように見える。」
誠司はすっかり絶望し、椅子にぐったりと身を預けた。
「保釈を申請する!病院に行かせてくれ!このままじゃ死んじまう!」
「大丈夫だ、死にはしない。おとなしくしてろ!」警察官はそう言い残して去った。上からの指示で、誠司はしばらく留置されることになっていた。
正義が息子のことを知った時、激怒して机の上の物をすべて投げ飛ばした。あちこちに根回しを頼んだが、丸一日たっても進展がなかった。
誰かの圧力がかかっているのは明らかだった。ついに自ら頭を下げて頼み込み、三日目になってようやく、傷だらけの誠司を釈放させることができた。
車に押し込むなり、座席に座っていた正義は思い切り平手打ちを見舞った。
「この役立たずが!」
誠司は痛みに顔を歪めた。「父さん…本当に俺のせいじゃない、司が……」
「黙れ!」と正義は怒鳴り、運転手に病院へ向かうよう命じた。「お前、よくも司に手を出したな!」
誠司は悔しそうに言い返す。「俺が手を出せるわけないだろ!一方的にやられたんだ!」
正義は鋭い視線を向けた。「美月のことは当分放っておけ!さっさと病院で静かにしていろ。結婚の件もこれで終わりだ。今後また問題を起こしたら、今度こそ足を折るぞ!」
「分かったよ……」誠司は力なくうなずいた。
正義は看護師を手配し、美和や真美子には見舞いに来させなかった。
ベッドで横になる誠司は、考えれば考えるほど腹立たしくなった。理由もなく殴り倒され、半死半生、しかも「騒動を起こした」といったレッテルまで貼られている。全身がバラバラになったように痛む。だが、司に対しては報復する勇気さえ持てなかった。
募る憎しみは、すべて美月に向けられた。父親の警告が頭をよぎるが、どうしてもこのまま引き下がる気にはなれない。
なぜ自分が病院で罵られて苦しんでいるのに、美月は堂々と司と結婚できるんだ?本当の被害者は自分なのに!
誠司はスマホを取り出し、くだらない友人たちとのグループチャットを開いて、勢いよく打ち込んだ。
「美月は他の男と逃げた!俺はもう結婚しない!」
その一言でグループ内は大騒ぎになった。
田中:「はあ??美月が浮気?そんなわけないだろう?」
「子どものころからお前にべったりだったじゃん。見張ってないお前が悪いんじゃ?」
「前に何日かしたら戻ってくるって賭けてたのに、まさか他の男と逃げるとはな」
「誠司、酔っぱらってるのか?何言ってんだよ」
誠司は怒りで指が震えながら、さらに書き込んだ。
「なんか飲んでない!美月に裏切られたんだ!外で男を作って、浮気したから婚約破棄したんだ!」
司の名前も、相手の素性も絶対に言えない。とにかく美月の悪評だけを流し続けた。
グループはさらにヒートアップした。
「まじかよ!全然そんなふうに見えなかった!」
「表では清純ぶって、裏ではそんなことしてたのかよ」
「人の本性は分かんないな、女ってみんなそうかもな」
「……」
画面いっぱいに美月への中傷や憶測があふれ、誠司の歪んだ心は歪んだ満足感で少しだけ満たされた。わざと泣き声を作って、ボイスメッセージまで送った。
「美月に完全に裏切られた……浮気されて……もう話すのもつらいよ……」
その頃、美月は出来上がったばかりのネックレスをじっと見つめていた。
これは社内の特典価格で、自分のデザインと素材選びで作った、世界に一つだけの品だ。あと二日で悠の誕生日。親友のために用意したサプライズだった。
細部を念入りにチェックしていると、突然悠から電話がかかってきた。
思わず驚いて、サプライズがバレたのかと思った。
だが電話口から聞こえてきたのは、悠の怒りに満ちた声だった。
「誠司のあのクズ!今度会ったら絶対にあいつの口を塞いでやる!」
「自分が悪いくせに、先に人のせいにするなんて!」
「どうしてこんな恥知らずがいるのよ!」
美月は戸惑った。「どうしたの?」
悠は怒り心頭だった。「今、LINEでスクショ送ったから!誠司がグループでどんなひどいこと言ってるか見て!今すぐ病院に殴り込みたいくらい!」
美月はすぐにLINEを開いた。
悠から送られてきたスクリーンショットを見て、一目で顔色がさっと変わった。