悠はここ最近ほぼ毎日、スマホを握りしめて過ごしていた。誠司がグループチャットで何か発言するたびに、彼女の「スパイ」の友人がすぐにスクショを送ってくれる。それを悠は即座に美月に転送し、美月はそれらをまとめて西田に送るのだ。
裁判所への手続きには時間がかかるが、悠はとにかく一矢報いたくて仕方がなかった。
「私の誕生日パーティーには、誠司と清夏を特別に招待したの。パーティーで絶対に見せ場を作るから、楽しみにしてて!」と意気込む悠。
美月は苦笑しながら、「せっかくの誕生日なのに、あんな人たちのせいで雰囲気を壊さないでね」とたしなめた。
「二人が恥をかくところを見られたら、それが一番の楽しみだよ!」と悠はやる気満々。
美月ももう止められず、好きにさせるしかなかった。
誕生日当日、会場は華やかな雰囲気に包まれていた。美月は心を込めて用意したプレゼントを手渡した、「あなたのためだけにデザインした、世界に一つだけのものよ。」
「すごい!ありがとう!」悠はその場でネックレスを身につけ、鏡の前でしばらくうっとりと眺めていた。
少しして、拓海も会場に姿を現した。悠にとっては予想外のゲストだった。
「どうして来たの?」と驚く悠に、拓海は二つの高級そうな袋を差し出しながら言った。「君のお兄さんが今海外にいるから、代わりに頼まれて持ってきたんだ。こっちは僕からだよ。」
会場は賑わい、悠の人望や藤原家のお嬢様という立場もあって、多くの人が挨拶やプレゼントを持って次々とやってきた。
やがて、誠司と清夏が連れ立って現れた。
あの日、正義に叱責された誠司は、清夏をしばらく海外に行かせるつもりだった。しかし、出発前に悠から招待状が届き、清夏はどうしてもパーティーに参加したいと駄々をこねた。誠司も、美月が来るだろうと考え、彼女に自分と清夏の仲睦まじい様子を見せつけようと、一緒に来ることにした。
たとえ司が美月のために一度立ち上がったとしても、誠司は司が本気で美月を想っているとは信じていなかったし、美月も自分を忘れられるはずがないと高を括っていた。顔の傷もまだ癒えていないのに、わざわざ病院を抜け出してまで美月を刺激しようとしていた。
悠は入口の二人を冷ややかに見つめ、友人に合図を送った。彼女はすでに仲の良い友人たちと打ち合わせをしており、今日の主役として、絶対にこの二人に思い知らせてやるつもりだった。
友人たちはすぐに大きな声で「雑談」を始めた。
「清夏ちゃん、本当に運がいいよね。誠司みたいな人と付き合えるなんて!イギリスにいる時から仲良しだったんだよね?」
「そうそう!帰国してからは、誠司がすぐ側に秘書として置いたって聞いたよ。優しいよね。」
「でも、清夏ちゃんって確か、秘書とは全然関係ない専攻だったような?」
彼女たちは遠慮なく、しかも誠司と清夏にしっかり聞こえるように話し、わざと近づいていった。
誠司と清夏の顔色は一気に青ざめた。
「そんなこと言わないで…」清夏は目に涙を浮かべて言った。「誠司とはそういう関係じゃない。ただの同僚で、たまたま入口で会ったから一緒に入ってきただけ…」
二人はこれまで一度も関係を公にしたことがなく、特に今の状況では清夏はなおさら認めるわけにはいかなかった。
悠はワイングラスを片手に清夏のそばを通りかかり、わざと手を滑らせて赤ワインを清夏のドレスにたっぷりとかけた。
「ごめんなさい、気がつかなかったわ。」悠は全く悪びれる様子もなく謝り、すぐに話題を変えた。
「でも、この前の九条家のパーティーで、あなたが私にワインをかけさせたこと、覚えてる?」悠は笑みを浮かべながら言った。「あの日台無しになったドレスのこと、しっかり覚えてるから。今日のこれでおあいこってことで。」
悠は根に持つタイプで、その件をずっと忘れていなかった。
「これでおあいこだけど、ドレスの値段は釣り合わないわね。」悠は眉を上げて、「そのドレス、いくら?弁償するよ。」
清夏は睨みつけて、「20万円よ!」と答えた。
悠は口元を隠して笑う。「たった20万円?私のは120万円したのよ。それを考えたら、あなたがまだ100万円足りないわね。弁償するなら現金?それともカード?」
「嘘つき!そんなドレス、120万円もするわけないじゃない!」清夏は顔を真っ赤にして叫んだ。
悠は鼻で笑って、「あなたの家、結構お金持ちだって聞いたけど、120万円のドレスすら見たことないの?」と皮肉たっぷりに言い、
「じゃあ、100万円はいいから、50万円で勘弁してあげる。あなた、人の婚約者を奪った人間なんだから、他人を頼らなければ生きられないでしょ?じゃあ、残りは誠司が払ってもいいよ。」
悠の鋭い言葉が清夏の耳に刺さり、彼女は感情を抑えきれずに叫んだ。「嘘よ!私が邪魔者なんかじゃない!美月の方こそ、外で男と浮気してたから、誠司は美月を捨てたのよ!」
その言葉が終わるや否や、パチン!と乾いた音が響き渡った。
悠の手が清夏の頬を勢いよく打ち、満面の笑みを浮かべる。「ようやくこの時が来たわ!」
「誰が浮気だなんて、みんな知ってることよ。これ以上好き勝手に言ったら、その口、二度と利けなくしてやる!」悠は厳しい口調で言い放った。
誠司はすぐに清夏を庇い、悠を睨みつけた。「悠、何するんだ!」
「おやまあ、すぐに庇うのね?」悠はくるりと振り返り、会場に向かって声を上げた。
「さっきは『同僚』って言ってたのに、今は後ろに隠して、ドレスのワインも拭いてあげてるの?これって普通の同僚同士でやること?」
後ろの人たちも一斉に、「私たちはそんなことしないわよ!」と口を揃えた。
誠司は奥歯をギリギリと噛みしめ、このパーティーがまさに罠だったことを悟った。清夏の手を引き、「帰るぞ、こんな屈辱を受けてられない!」と叫んだ。
「帰る?」悠は二人の前に立ちはだかる。「今日は私の誕生日よ。二人でプレゼントひとつだけ持ってきて、ドレスの弁償もまだ。騒ぎを起こしておいて、逃げるつもりか?」
誠司は怒りに任せて、つい悠を押しのけた。
十二センチヒールを履いていた悠は、ぐらりとよろめいて後ろに倒れそうになる。
美月が素早く支え、すぐに一歩前に出て誠司の前に立った。
そして、「パチン!パチン!」と、二度、誠司の頬を勢いよく叩いた。
この瞬間を待ち望んでいた美月は、溜まっていた鬱憤が一気に晴れるような気分だった。手のひらが痺れるほどの力で叩いた。
頭の中で、誠司がグループで流していた下劣な噂話がよみがえり、怒りがさらに込み上げた。
堪えきれず、さらにもう二発、「パチン!パチン!」と、平手打ちをお見舞いした。