少年はイライラした様子で清夏の手を振り払うと、口にくわえていたタバコの吸い殻を吐き捨て、気だるげに言った。
「連絡が取れなかったから、仕方なく直接来たんだ。」
清夏は怒りで唇を震わせ、声を抑えて問い返す。「何の用?」
「お金だよ!」少年は不機嫌そうに言った。「父さんの病気がまた悪化して、医者には手術が必要だって言われた。35万円、用意してくれ!」
清夏の顔色が変わった。さっき悠に50万円持っていかれたばかりなのに、さらに35万円なんて、今の彼女には重すぎる負担だった。疑わしげに少年を見つめる。「本当に父さんの病気?またギャンブルにハマったんじゃないの?」
少年の顔に一瞬、後ろめたい色が浮かぶ。「もちろん父さんの病気だ! ウソをつくわけないだろ?」
清夏は信じる様子もなく、「ギャンブルをやめられないなら、私はもうあなたの穴埋めはできない」ときっぱり言った。
少年は苛立ちながら、スマホを取り出して彼女の前で素早く画面を見せつけた。「ほら、医者からのメッセージだ!」
清夏は内容を確認する間もなく、ますます疑いの目を向ける。「今はお金がないの。」
「ないだと?」少年は感情をあらわにして言った。「誠司の愛人でありながら、あいつが君に贈るものが一回で何十万円もあるだろう?今度は父さんの命がかかってるっていうのに、渋るなんてな。家がどれだけ君に捧げてきたか、忘れたのか?」
清夏の顔から血の気が引いていく。
少年はさらに続けた。「美月と誠司が婚約解消したって聞いたけど、なんでまだあなたと結婚できてないの?」
清夏は何度か深呼吸をして、平静を装いながら言った。「数日中に連絡する。今は早く帰って、誰かに見られたら困るから。」
「数日って?」
「三日。」
「わかったよ!」少年はそう言うと、さっとその場を離れた。
少年が去ると、ちょうど誠司の車が清夏の前に停まった。
彼女は車に乗り込んで、思わず手のひらを強く握りしめた。
誠司は何気ない様子で尋ねた。「さっき車で通りかかったとき、誰かと話してたみたいだけど、知り合い?」
その何気ない一言に、清夏は一気に心臓が跳ね上がった。車内の音楽がなければ、彼女の心臓の鼓動が聞こえてしまいそうなほどだ。
「いえ、道を尋ねられただけ……」と、なるべく平静を装って答えた。
「ああ、そうか。君があんなみすぼらしい格好の人と知り合いなわけないよな。」誠司にとって、清夏は海外育ちで、両親は建築学の教授という品のある令嬢。帰国してからは、誠司の交友関係の中だけでしか人と接していないと思っていた。
清夏は唇を噛み、無理に笑顔を作った。「そうだね。」
車がしばらく走り、ようやく清夏の気持ちも落ち着いてきた。しばらく考えてから、言葉を選びつつ切り出す。「誠司、最近気になっているバッグがあって……」
「いくら?」
「350万円……」
誠司はうなずいた。「いいよ。」
誠司と清夏が去った後、悠の誕生パーティーは再び賑やかさを取り戻した。パーティーが終わる頃には、悠はすっかり酔っ払ってふらふらしながら、美月に「送っていくよ」としきりに絡んでいた。
美月は困り顔で、「私、そんなに飲んでないよ。これじゃ送るどころじゃないでしょ?」と苦笑した。
拓海が悠を美月のそばから引き離した。「俺が送るよ。お兄さんに頼まれてるから。」今日は悠のために動いたのも、藤原博司の顔を立ててのことだった。もし誕生日に悠がトラブルに巻き込まれたと知られたら、拓海も面倒なことになる。酔った悠を見て、放っておけなかった。
美月は「ありがとう」と頭を下げた。
拓海は「美月も乗っていけよ、先に送るから」と促した。
「大丈夫、遅いし方向も違うから。自分でタクシーで帰るよ。」
美月はタクシーでマンションに戻った。いつもは管理人が二人しかいないのに、この日は五人もいた。どうやら司が心配して、警備を強化してくれたようだった。それが少しだけ心強く感じられた。
お酒はあまり飲まなかったが、部屋に上がると少し頭がふらつく。シャワーを浴びて、そのままベッドに倒れこんだ。
翌日は週末で、仕事も休み。美月はアラームもかけず、ぐっすり寝ていた。
気づけばすっかり昼近く。けたたましいスマホの着信音で目を覚ます。
手探りでスマホを取ると、画面には「笹木嵐」の名前が表示されていた。嵐が週末に電話してくることはほとんどない。何かあったのだろうかと、一気に目が覚める。
慌てて電話を取る。「嵐さん……」
電話の向こうから怒鳴り声が聞こえた。「美月!今、どこにいるの?!三回も電話したのに、まさかまだ寝てるなんてことはないよね?」
美月は着信履歴を確認して、確かに二度も不在着信があったことに気付く。訳が分からず、慌てて答える。「寝てた……今日は週末だから……」
「美月!」嵐の声はさらに怒気を含んでいる。「今日は星野さんが会社に来て、企画案を見る日よ!それなのに家で寝てるなんてどういうこと?」
「えっ?!」美月はベッドから飛び起き、慌ててスマホで日付を確認する。確かに日曜日だ。
「星野さんって、月曜日に来るんじゃなかったっけ?」と驚いて尋ねる。
「……」しばらくの沈黙の後、嵐は呆れたように冷たく笑った。「寝ぼけてるの?先週、日程変更になったって言ったでしょ!」
「相手は有名人なんだから、スケジュールを調整して来てくれてるのよ!こんなチャンス二度とないんだから、たまには残業だってしてもいいでしょ?」
「違う!私は時間変更の連絡、もらってない……」
嵐は遮るように言った。「言い訳は聞きたくない!仕事を続けたいなら、今すぐ会社に来なさい!デザイナーは他にいくらでもいるんだから、あなた一人いなくてもカラフルは回るわ!」
電話は一方的に切られた。
美月はしばらく呆然と座っていたが、すぐに飛び起きて洗面所に駆け込んだ。
日程変更の連絡は一切受け取っていなかった。ずっと明日だと思い込んでいたのに。
意図的に自分への連絡を遮断したのだと、瞬時に悟る。最も疑わしいのは吉田だった。
しかし今、それを問い詰めている暇はない。星野夏の案件のために、何度も徹夜して企画案を練り上げてきた。このチャンスを逃すわけにはいかない。これは業界で名を上げるための大きな一歩だ。
美月は焦る気持ちを抑え、カラフルジュエリースタジオへと向かった。到着したのは、すでに午前十一時近くだった。会議室では他のデザイナーたちがすでに企画を発表していた。
嵐は星野夏のマネージャーと小声で交渉しており、なんとか十分だけ待ってもらえることになった。
全員がイライラしながら待つ中、タイムリミットぎりぎりのその瞬間――
会議室のドアが勢いよく開き、美月が駆け込んできた。