美月はレストランの個室に座り、手のひらにじんわり汗をかいていた。
司はそっと彼女の手の甲に手を添え、優しく安心させるようにして、向かい側に紹介した。「こちらは美月、私の妻。そして、こちらが早乙女薇薇(ヴィヴィ)だ。」
早乙女は穏やかな笑みを浮かべて手を差し出した。「美月さん、初めまして。」
美月は急いで手を伸ばして彼女と握手した。「こんにちは、早乙女さんの作品を拝見したことがありますが、テレビよりもずっと輝いていらっしゃいます!」テレビではどこかクールで近寄りがたい印象だったが、実際はとても親しみやすい人柄に驚いた。
「お褒めにあずかり、ありがとうございます。」早乙女は優雅に微笑んだ。
料理が揃うと、司が本題に切り込んだ。「今日は、早乙女が君にお願いしたいことがあるそうだ。」
「私に?」美月は思わず自分を指さして驚いた。
司が早乙女に目配せをすると、彼女はすぐに微笑みながら話し始めた。「そう、司からあなたがとても才能あるジュエリーデザイナーだと聞きました。」
「カラフルで働いています。」美月はうなずいた。
「実は、数日後に国際映画祭に参加することになったのですが、身につけるジュエリーがなかなか決まらなくて、どのブランドも今ひとつ新鮮味がないんです。」早乙女はさりげなく司を一瞥し、彼が平然としているのを確認してから続けた。
「それで、失礼を承知で伺いますが、美月さんにオーダーメイドで作っていただけないかと思いまして。納期がちょっと厳しいんですけど。」
美月の胸が高鳴った。自分のような普通のデザイナーが、早乙女のようなトップ女優のためにレッドカーペット用ジュエリーを手がけるなんて、夢のようなチャンスだった。
特に、星野夏のチームが同じ映画祭用にカラフルに依頼した時の慎重さを思い出すと、早乙女のオファーの重みが一層感じられた。
「ぜひやらせてください!」美月はすぐに答えた。少し興奮した声で「ちょうど仕上げに入っているデザイン画があるので、すぐに調整できます。素材選びと制作を同時に進めれば、間に合うと思います。」
早乙女は満足そうにうなずいた。「それは嬉しいです。ただ、デザイン画は事前に拝見したいんです。どうしてもイメージに合わなければ、アクセサリーなしでレッドカーペットを歩くつもりなので…」
「分かりました。今夜中に案をお送りします。」美月はきっぱりと約束した。
「楽しみにしています。」早乙女の笑顔がさらに華やかになった。
二人はデザインの細部についてしばらく話し合い、和やかな雰囲気の中でLINEも交換した。美月は憧れの人と直接やりとりできることが夢のようで、まるで雲の上を歩いているような心地だった。
その後、司が電話のために席を外し、個室には二人だけが残った。
早乙女がふいに微笑みながら尋ねた。「さっきの食事中、あなた、ずっと私と司の様子を気にしていたみたいだけど、何か気になることがあるの?」あ、口調が変わったーー
美月は思わず顔が熱くなった。自分の小さな気持ちを見抜かれていたことに驚いた。
少し戸惑いながら、「……以前、勘違いしてしまって。」と答えた。
早乙女はすぐに察したように明るく笑った。「もしかして、私と司の関係を疑ってたの?」
図星をつかれ、美月はさらに恥ずかしくなり、苦笑いでごまかした。
「ふふっ、心配いらないわ。うちと九条家は昔から親戚みたいなもので、そんなに頻繁に会うわけじゃないの。ここ数年、ようやく連絡をとる機会が増えたくらい。」
彼女は少し間を置いて美月を見つめ、真剣な口調で続けた。「司は、あなたのこと本当に大切に思ってるみたいよ。彼が自分にぴったりの人を見つけたこと、私も嬉しいの。司って昔から……まあ、ちょっと変わり者で、正直、このまま一生独身かもって思ってたくらい。」
美月は心の中で、司が早乙女に契約結婚のことを話していないのだと察した。
「大切にしている」――その言葉を深く考えるのは怖くて、ただ静かに微笑むことしかできなかった。
早乙女は、目の前の少し恥ずかしそうな美月をますます気に入った様子で、急に身を乗り出し、小さな声で美月に耳打ちした。「実はね、私、もう結婚してるの。しかも子どもが二人いるのよ。だから、あなたの旦那さんと私が近すぎるなんて、心配しなくて大丈夫。」
美月は驚いて目を丸くした。世間では独身でミステリアスなトップ女優と思われている早乙女が、実は結婚していて、しかも子どもまでいるなんて――芸能界の秘密は本当に奥が深い!
早乙女は人差し指を唇に当てて、ウインクしながらいたずらっぽく言った。「内緒にしてね。」
「……もちろんです!」美月は大きくうなずき、悠が早乙女の大ファンだったことを思い出して、思い切って頼んだ。「あの、サインもお願いできますか?友達が大好きで……。」
「もちろん、何枚でも書くわ!」早乙女は快く引き受けてくれた。
……
夕食が終わり、帰りの車の中。
美月はまだ早乙女の結婚の話を消化しきれず、テレビとのギャップを思い返していた。隣の司は静かに座っていて、車内の淡い灯りに照らされ、その横顔はどこか冷たく映った。
ふと、美月は早乙女の「司はあなたを大切に思っている」という言葉を思い出し、心の奥に小さな波紋が広がる。彼の心には初恋の人がいると知っていても、このところ見せてくれる優しさは、確かに伝わってきていた。
美月はそっとアームレストのボタンを押して、座席と運転席の間の仕切りを上げ、完全に二人きりの空間を作った。
司が不思議そうにこちらを見つめる中、美月は思い切って身を乗り出し、彼の頬に素早くキスをした。
「今日は……早乙女さんに会わせてくれてありがとう。」そう言うと、すぐに元の位置に戻り、顔が熱くなった。
暗がりの中、司の目が急に鋭く、嬉しそうに輝いた。その視線には驚きと、どこか抗いがたい強さが宿っており、美月の心臓が跳ねる。
低くてかすれた声が、密室の中に響いた。「美月、俺が欲しいキスは、こんなもんじゃ足りない。」
その言葉と同時に、美月の視界がふっと暗くなり、圧倒的な存在感が彼女を包み込んだ。次の瞬間、彼女の驚きの声はすべて、彼によって封じられた。