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第51話 思ったより …

司のキスは強引で、美月の唇を簡単にこじ開け、さらに深く激しく求めてきた。


「んっ……」美月はすぐに息が乱れ、両手で彼の胸を押し返そうとした。「司……ちょっと……」


だが、腰を引き寄せる腕がさらに強くなり、次の瞬間、彼女は司の膝の上に抱き上げられていた。


驚きの声を上げる暇もなく、再び彼の唇に奪われた。


全身が司の腕の中に沈み、やがて彼のキスで体中の力が抜け、腰も抜け、かろうじて彼の肩にしがみつくしかなかった。


車は静かに走り続けるが、司のキスは強引で長く、止まることはなかった。


やがて車が止まったとき、美月の身体はすっかり力を失い、動くことすらできず、ただ司にもたれかかって息を整えていた。


運転席から小さな声が聞こえた。「会長、到着しました。」


司は低く「うん」と返事し、先に車を降りると、すぐに手を差し伸べて美月を抱き下ろそうとした。


美月は一瞬で我に返り、慌てて拒んだ。「大丈夫……自分で歩けるから。」


司は仕方なく手を引っ込めた。


しかし、地面に足をつけた瞬間、美月は足元がふらつき、ヒールがぐらついて、危うく倒れそうになった。


恥ずかしさと悔しさでいっぱいになり、司がもう一度手を差し伸べる前に、美月は振り返ることなく邸宅へと駆け込んだ。


司はそのよろめく後ろ姿を見て、苦笑しながら首を振った。低い声には優しさが滲んでいた。「強がりだな……」


そして、運転席のドライバーに目を向け、微笑みながら静かに言った。「ちょっと飛ばし過ぎだ。」


ドライバーは内心戸惑いながら答えた。「……会長、それって褒められてるんですか、それとも……?」


司が屋敷に入る頃には、美月はもう階段を駆け上がり、足元もおぼつかず、スリッパも履き替えずに部屋に飛び込んでいた。


部屋に戻った美月は、そのままベッドに飛び込み、布団をしっかりと体に巻きつけた。


布団の中で足をバタバタと動かしながら、心の中で認めざるを得なかった――

司とのキスは、思っていたより……良かったかもしれない、と。


書斎では、司が窓際で電話を取っていた。天井の灯りが彼の顔に影を落とし、眉間にはうっすらと苛立ちが浮かんでいる。


電話の相手は父親、九条源正だった。


「東区のプロジェクトであれだけの騒ぎがあったのに、何も連絡をよこさないとは!本家に戻って話し合えと言っても来ないし、もう自分の思い通りにしか動かないつもりか?」


司は冷たく答えた。「俺のことは放っておいてくれ。地方支社の社長なら、そのまま静かにしていてくれればいい。東区のことは、あなたには関係ない。」


司が九条グループのトップに立ってから、一族の問題児たちを次々と要職から外し、自分の側近に入れ替えてきた。実の父である源正も、今では地方支社に異動させ、悠々自適に支社長職を務めている。


東区のプロジェクトは、東京都主導の新しい商業エリア開発だ。利益は少ないが、長期的には重要な人脈を築けるため、価値の高いプロジェクトだ。司は拓海と組み、九条グループ主導でこのプロジェクトを獲得した。


ところが、現場では昨夜の強風で足場が倒れ、警備員が巻き込まれて重傷を負った。司はすぐに現場に向かったが、問題は強風ではなく、足場の資材自体の質が低く、手抜き工事が行われていたことがわかった。誰かが業者と結託して粗悪な資材を納入していたのだ。司と拓海は即座に工事を全面停止し、徹底調査を始めた。


源正からの電話は、心配そうに装いながらも、司の管理責任を責める内容だった。


「足場なんて倒れるはずがないだろう!こんな恥ずかしいミスをするなんて!どんな小さな案件でも、都の看板がかかってるんだから。俺が戻ってきて、しっかり見てやろうか?」


司は眉間を押さえながら、さらに冷たく言った。「戻りたいならどうぞ。明日、任命書を出すよ。現場の足場を一つ一つ検査する担当を頼む。」


「お前……!」電話の向こうで源正が声を荒げる。「俺はお前の父親だぞ!そんな雑用をやらせるつもりか!」


司は動じることなく言った。「自分で『見てやる』と言ったんだ。希望通りにしてやる。明日手続きする。」


「やめろ!今のは無しだ!」源正はすぐに折れた。息子が本気で実行する男だと知っているからだ。慌てて話題をそらした。「都のプロジェクトだぞ。すでにメディアが報じ始めてる。もし広まって株価に影響が出たらどうするんだ?こういう時こそ、まずニュースを抑えなきゃダメだろう…」


司はさらに苛立ち、鋭い声で遮った。「まずやるべきは人命救助だろう。死者が出たら、どうやってニュースを抑えるつもりだ。ニュース対策はもう終わってるし、メディアも監視済みだ。余計な指図はしないでくれ。」


電話の向こうでしばらく沈黙が続き、源正の怒りが伝わってきた。


「お前は父親をどう思ってるんだ!その態度はなんだ!」


司は首を回しながら、冷静に答えた。「俺の態度は、あなたが大人しくしているかどうかで決まる。余計なことをしなければ、生活に困らせることはない。」


源正は大きく息を吐き、少し語調を変えた。「もういい。最近、じいさんが帰ってこいって言ってるのに、全然顔を出さないな。今度はじいさんにも逆らうつもりか?」


司は適当に返した。「もうすぐ誕生日だろう。ちゃんと帰るよ。」


「ふん、それくらいは分かってるか。」源正は不満げに鼻を鳴らした。


司は続けて言った。「ついでに言っとくけど、俺は結婚した。誕生日には妻も連れて行く。」


一瞬、言葉を切り、低く重い声で言い放った。「覚えておけ。もし誰かが彼女に嫌な顔をしたら、俺は絶対に許さない。」


言い終わると、司は一方的に電話を切った。


その後、拓海に連絡して現場の状況が安定したことを確認し、ようやく肩の力を少し抜いた。


本来なら今日は現場に残るはずだったが、早乙女薇薇の都合で今夜しか空いていなかった。だが、車の中で美月が寄り添ってきた光景を思い出し、司はこの時間が十分に価値のあるものであると感じていた。


翌朝の朝食の席で、二人は昨夜の車内での出来事について一言も触れず、どこか微妙な空気が漂っていた。


美月はストローでミルクをかき混ぜながら、ふと口を開いた。「この前、九条グループに行ったとき、高橋さんが、司が女優さんとデートしてるって言ってたんだけど。早乙女薇薇さんって名前だった。けど、昨日早乙女さんは『ただの友達』って言ってたし……じゃあ、そのとき司がデートしてた女優さんって、誰だったの?」


その瞬間、向かいの司は思わず咳き込んだ。


しまった、早乙女薇薇と口裏を合わせてなかった!


あの時、高橋にそう言わせたのは、美月を焦らせて早く結婚を決意させたかったからだ。


司は水を一口飲み込み、平然とした顔で答えた。「女優と二人きりでデートしたことなんてない。高橋の作り話だ。」


「えっ、そうなの……」美月は瞬きをしながらも、内心では(高橋がそんなことをでっち上げるなんて…)と首をひねった。


けれど、司が女優と二人きりで会ったことがないと知ると、なぜか心がふっと軽くなった。


司は彼女の様子を見て、ゆっくりと付け加えた。「どうやら最近、高橋の仕事が楽すぎて、暇を持て余してるみたいだな。今度、給料を減らしておかないと。」


美月は思わず苦笑した。「……高橋さん、お気の毒に。」


数キロ離れたオフィスで、高橋は突然くしゃみをし、背中がぞくりとした。「……誰か、俺のことを噂してる?」

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