「うん。」美月はためらうことなく答えた。
ここ数日、彼女と司はほとんど顔を合わせていなかったし、早乙女薇薇のためにジュエリーを急いで仕上げていたこともあって、少し距離を置いていた気がした。
明日は司と一緒に九条家の家族の前に立つことだ。緊張しないと言えば嘘になる。美月は絶対に失敗したくなかった。
一歩前に出て、自然な流れで司の膝の上に座った。そのスムーズな動作に自分でも驚いた。
美月は口元に微かな笑みを浮かべた。「ほら、練習の成果が出てるでしょ?明日はきっと大丈夫。今日はもう休んで、明日は絶対、恥をかかせないから。」
司の前では時々ぎこちなくなったり、恥ずかしがったりすることもあったが、大事な場面では決して恥をかかせなかった。大切な場面ほど、彼女はしっかり自分の役を演じられる。
小さい頃から両親に連れられてパーティーに出席した経験もあり、小早川家で暮らしてからも多くの宴会を見てきた。誠司や悠のような人たちと接してきたことで、権力者の前でも司の顔に泥を塗ることはないと自信があった。しかも、自分の容姿には十分な自信がある。
立ち上がろうとしたそのとき、司の手が彼女の首の後ろに回された。
「もう少し練習しよう。」彼は少し力を込めて言った。
美月は不意に前のめりになり、次の瞬間、温かな唇が彼女の唇を重ねた。
「んっ……」言葉は飲み込まれ、すぐに彼女はその感覚に溺れていった。
目が回るような感覚の中、柔らかなソファに押し倒された。背中はソファ、前には熱い彼の胸板があり、息が詰まりそうなほど密着しているのに、不思議と安心感があった。
キスが深くなるにつれ、美月の全身は力が抜けていった。司は潤んだ彼女の唇とぼんやりした瞳を見つめ、その目つきがさらに濃くなった。ゆるいトレーナーは動きの中で背中の布がめくれ、彼の手がそのまま滑らかな肌に触れた。
もう、手を離したくなかった。しかし、これ以上続ければ自分を抑えきれないことは分かっていた。
強く自分の掌を握りしめ、司は立ち上がろうとしたが、美月の腕はまだ彼の首にしっかり回っていた。歯を食いしばり、最後にもう一度、彼女の唇に深く口づけし、かすれた声でささやいた。「頼む、もう勘弁してくれ……」
美月にはその言葉がよく聞き取れなかった。ただ、体がふわりと持ち上げられ、彼に抱きかかえられて寝室まで運ばれた。すぐに、司はそのまま部屋を出ていった。
ベッドに横たわった美月は、しばらく全身の火照りが引くのを待つしかなかった。彼がきちんと理性を保ってくれて、本当によかった……
翌日は九条家のおじいさんの八十歳の誕生日だった。
美月はごくシンプルなドレスを選んだ。余計な装飾は一切なく、黒髪は艶やかにまとめて背中に流し、耳にも何もつけていなかった。
飾り気がないほど、その美しさが際立った。
階段を降りていくと、司が下で待っていた。彼は美月の姿に目を奪われた。前回の九条家のパーティーでは、彼女は華やかさで皆の視線を集めていた。だが今日は、朝露をまとった百合のように清らかだった。
美月は少し不安げに彼の前に立った。「この格好……大丈夫かな?」
「とても綺麗だ。」司は立ち上がり、彼女の手を取って一緒に外へ向かった。
九条家の邸宅。
車は駐車場に入り、すでに多くの車が並んでいた。八十歳の誕生日ともなれば、九条家も盛大に祝う。親族はもちろん、遠縁までできるだけ多くが集まっていた。
九条家のおじいさんには兄弟姉妹も多く、子孫も多くてとても賑やかだった。彼には男二人と娘一人がいて、司の父である九条源正は三男。そして、九条源生には司のほかにもう二人の息子がいる。親族も合わせて、広いリビングは人であふれていた。
美月は司の腕を取り、落ち着いた様子で玄関をくぐった。来る途中の緊張はすっかり消えていた。二人が並ぶ姿はあまりにも自然で、使用人たちも思わず見惚れてしまうほどだった。
司は時間を見計らって到着し、リビングにはすでに多くの客が集まっていた。二人が入ると、それまで賑やかだった部屋が一瞬で静まり返った。
すべての視線が集まった。忙しそうにしていた人も、周りに促されて二人の方に顔を向けた。
美月の美しさと司の品格。誰もがその美しい二人から目を離せなかった。
源正はあらかじめ何人かには息子が結婚したことを伝えていたが、まさかその相手が美月だとは思っていなかった。彼女と誠司の関係は東京の上流社会では広く知られており、小早川家の過去も最近話題になったばかりだ。
今は一般企業で働いているとはいえ、都内の名士たちは彼女の顔を知らない者はいない。つい最近、九条家のパーティーで騒動を起こしたことも記憶に新しい。だから、司の腕を取って現れた美月を見て、みんな自分の目を疑った。
短い沈黙の後、ささやき声が広がった。
司は落ち着いた様子で美月の手を引き、リビングの中央へ進んだ。全員を見回して、低い声で言った。「何を見ている?やるべきことを続けて。」
その静かながらも威厳のある一言で、探るような視線はすぐに引っ込んだ。司は九条グループのトップであり、誰も逆らうことはできなかった。
リビングは再び賑やかさを取り戻したが、声はどこか控えめで、どうしても二人に視線が集まってしまった。
源正が慌てて駆け寄り、目を見開いて驚きのあまり言葉が詰まった。「お、お前が結婚したって……相手は、彼女なのか!?」
「そうだ。」司はきっぱりと答えた。
源正は思わず息を呑み、倒れそうになった。美月が霧島家から婚約破棄されたことも、招待状が届いたのも、すべてつい最近のことだ。息子が何も言わずにこんな女性と結婚するなんて——。
美月は小声で司に尋ねた。「この方は?」
「父さんだ。」
源正は胸を押さえてうろたえる。「司、お前、なんで、なんで……」最後まで言い切る前に、美月はにっこりと微笑み、明るい声で呼んだ。
「お父さん!」
源正は声が詰まり、その場で目の前が真っ暗になりそうだった——。