「お父さん。」美月は品のある笑顔を浮かべ、澄んだ声で言った。「プレゼントを持ってきましたので、後で運転手に運ばせます。」
源正は「……」と、言葉を詰まらせた。
この「お父さん」という呼び方があまりにも自然すぎて、反対したい気持ちが一瞬で飲み込まれ、顔色が変わった。
彼がしばらく黙っていると、司がくすりと笑い、ゆっくりと言った。「息子の嫁がわざわざプレゼントを準備してくれたんだから、お返しも必要だろう?」
初対面で嫁に祝儀を渡すのは当然だ。しかし、源正はこの嫁を認めていないため、顔色が赤から黒に変わった。「……どうやって返せばいいんだ?」
司がさらりと言った。「物が準備できていないなら、現金でいいですよ。お父さん、紀子さん、それから文博と拓也、そして拓也の奥さん、五人分で一人50万円、ちょうどいい金額ですね。」
多くもなく、少なくもなく、合計で250万円。
源正はその言葉を聞いた瞬間、口元が一気に下がった。「五人ってどういうことだ?お前はうちの息子じゃないのか?家族に含まれていないのか?」
「今さら息子として扱うつもりか?」司はコートを執事に預けながら、軽く言った。「だったら、息子の結婚祝いはもっと多く渡すべきだろう。250万円じゃ少ないだろう、500万円にしてどうだ?」
「……」源正は怒りで手が震えたが、反論できなかった。今や家族全員が司に頼り切っている。もし逆らえば、地方の支社に飛ばされるかもしれない。
そんな空気の中、九条紀子が末っ子の文博を連れて近づいてきた。紀子は満面の笑みを浮かべて言った。「司の言う通りよ!お嫁さんが来たんだから、祝い金は必要だわ。250万円では少ないくらい。」
司は一瞥をくれただけで、返事はしなかった。
紀子は源正の正妻で、表向きは穏やかな人だが、裏では何を仕掛けてくるか分からない人物だ。
司が本家に戻された当初、彼女は優しく世話を焼くふりをしていたが、陰では使用人たちに彼をいじめさせていた。その後も留学と称して彼を国外に送り出したが、実際には厄介払いしたかっただけだ。そんな彼女の本性を、司はよく知っている。
だが、金のことはしっかりと妻のために要求しなければならない。
「少ないと思うなら、もっと出してください。今日中に振り込んでくれれば、500万円でも800万円でも、体裁を保てる額でお願いします。」
紀子は思わず舌を噛みそうになった。司の一言で何百万円も飛ぶなんて!
だが言ってしまった以上、引き下がれない。「わかったわ……今日中に振り込むわね……」
司には敵わないと悟ると、紀子はすぐに矛先を美月に向け、笑顔を崩さずに嫌味を言った。「あなたも司と結婚したのに、挨拶にも来ないなんて。お父様の誕生日がなかったら、私たちはずっと知らずじまいだったわ。本当に礼儀がないのね。」
これは明らかに美月が年長者を軽んじていると責める言い方だ。
美月が口を開く前に、司が冷たく言った。「あなたは俺の母親じゃない。妻が挨拶する必要はないでしょう。」
紀子の笑顔が一瞬で凍りついた。司の声は大きく、周囲の視線も集まってきた。
「司……私はずっとあなたを実の息子のように思ってきたのよ……あなたが実の息子じゃなくても、気にしたことはなかったのに、こんな言い方はひどいわ……」紀子は涙をぬぐうふりをした。
「実の息子じゃない」と言われ、美月はハッと司の方を見た。
だが司は平然としており、わずかに皮肉な笑みを浮かべているだけだった。
「どうやって正妻の座に座ったのか、一番よく知っているのはあなたでしょう。みんなの前で過去を持ち出したいなら、僕も付き合いますよ。」
司が言い終わるや否や、紀子の後ろから文博が飛び出してきた。「兄さん!母さんにそんな言い方ないだろ?」
九条文博は紀子の末っ子で、典型的な甘やかされたボンボン。普段は紀子を困らせてばかりだが、こういう時だけ孝行息子のフリをする。
司は彼を一瞥もせず、淡々と告げた。「来月のお小遣い、無しだ。」
「ちょっ、兄さん!」文博は大声で叫び、態度を一変させた。「ごめんなさい!すみません!お義姉さんが一番!お義姉さんは世界一ですよ!」
その「お義姉さん」という一言に、司はわずかに眉を上げた。
「わかれば、ちゃんと渡すから。」
「ありがとう兄さん!兄さん最高!」文博は救われたような顔をした。
彼は二十二歳で大学を出たが、ろくに働かず、贅沢な生活はすべて司からの多額の小遣いで成り立っている。源正からもらうより多いのだから、逆らえるはずがない。
すぐさま紀子に小声で言った。「こんなめでたい日に何言ってんの?もう黙っててよ!」
紀子は顔を真っ赤にして、「私……」とつぶやいた。
「黙って、祝儀だけ弾んでればいいんだよ!」文博はうんざりした様子で遮った。
文博の一言に、紀子は言葉を失った。司は紀子を冷たく見据え、ごく低い声でありながらも、リビング中に響くように言った。
「今日は妻を連れて帰ると言ってある。彼女に恥をかかせる人間は、俺に敵対するということだ。」
この言葉は紀子だけでなく、九条家の面々すべてに向けられていた。九条グループの庇護のもとにいたいなら、司に逆らえる者はいない。
さっきまで美月についてひそひそ話していた人々も、一気に黙り込み、美月に向ける視線もどこか柔らかくなった。
悶着が収まり、リビングは再び賑やかな雰囲気を取り戻した。
司は美月の手を引いて、ソファに座らせた。今や美月が誰を見ても、相手はすぐに笑顔を返してくる。それがどれほどぎこちなくとも。
この状況は、美月が想像していたものとは違った。
司は出身のせいで九条家では肩身が狭いと思っていたのに、実際は誰もが彼に一目置き、父親ですら声を荒げられない。
この地位の高さなら、たとえ契約結婚だと気づかれても、誰が文句を言えるだろう。
それなら、なぜ彼はあんなに入念にハグやキスの練習をさせたのだろう……
しばらくして、司は祖父に呼ばれて書斎へと向かった。
美月は一人ソファに残り、周囲からの視線を敏感に感じ取っていた。ふと、右側からひときわ強い敵意を感じ、背筋に冷たいものが走った。
そっとそちらを向くと、部屋の隅の陰で、一人の女性がじっと彼女を見つめていた。
その顔をはっきり見た瞬間、美月は全身が凍りつき、背筋に悪寒が走った。