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第56話 再会

それは佐藤瑠奈だった。


彼女の視線は冷たい毒蛇のように美月を捉え、何年も前とまったく同じだった。

その視線を感じるだけで、美月の胸は締めつけられ、息苦しささえ覚えた。


周囲を見渡すと、来客たちは談笑しており、誰も隅にいる瑠奈には気づいていなかった。

瑠奈がどうして九条家の誕生日パーティに現れたのだろうか?


最初の動揺が過ぎ、美月は自分を落ち着かせようとした。

ちょうどその時、誰かが瑠奈に話しかけに来て、美月は耳を澄ませて聞いた。


どうやら瑠奈は、司のおじの家の末っ子・九条明の婚約者で、もうすぐ結婚式があるため、この席に招かれているらしかった。


数日前、蕾から瑠奈が帰国したと聞いたとき、東京は広いし、会うこともないだろうと思っていた。

なのに、世間はなんて狭いのだろう。


瑠奈の冷たいまなざしは、彼女が美月のことを決して忘れていないことを物語っていた。

蕾の言葉は本当かもしれない——瑠奈は美月を憎んでいるのだ。


美月は静かに息を吐き、ますます重苦しい空気を感じた。パーティの開始まではまだ時間があり、彼女は席を立って外へ出た。


庭園の右手には芝生が広がり、子どもたちのはしゃぐ声がかすかに聞こえる。美月はプールの方へ回りながら、その芝生の方に向かって歩き出した。


数歩進んだところで、背後から声がした。


「美月!」


この声を聞いただけで、いくら年月が経っても、美月の身体はこわばった。


振り向くと、瑠奈がゆっくりと近づいてきた。


「久しぶりね。」瑠奈は親しげな口ぶりを装ったが、それはまるで親友の再会を演じているかのようだった。

ヒールの音を響かせて美月の前に立ち、じっと顔を見つめる。

「まだ私が怖いの?」


怖いか——?


美月の脳裏には、トイレに閉じ込められ、冷たい水を頭から浴びせられたあの日の記憶、あの耳障りな笑い声と絶望感が蘇った。決して忘れられない。


でも、今の自分は、もう誰かにいじめられる女の子ではない。


美月は口元に微かな笑みを浮かべた。「海外に行って勉強してたって聞いたけど?この数年、元気だった?」


瑠奈の作り笑いは一瞬で消えた。「心配してもらわなくて結構よ。」


彼女はさらに一歩近づき、毒のある声で言い放った。「まさか、久しぶりに会ったら、こんなに出世してるなんて!誠司を振ったのはあんたの方でしょ?もっといい男を見つけたから、誠司なんてもうどうでもいいのね?」


美月は黙っていた。


瑠奈は続けた。「昔からあんたは気が強かった。顔がいいからって男を誘惑してばかり。司と付き合うために、どれだけやったのかしら?」


美月はうんざりして遮った。「わざわざ話しかけてきて、こんなくだらないこと言いに来たの?」


「もちろん、それだけじゃないわ。」瑠奈は声を潜め、警告するように言った。「一つ忠告しておく。余計なことは言わないで。」


「私と明はもうすぐ結婚する。もし昔のことを誰かに言いふらしたら、私の人生を台無しにしたら…」彼女の目は冷たく光った。「絶対に許さないから!」


美月は、昔と変わらぬ瑠奈の顔を見て、皮肉を感じた。彼女はいつも他人を悪意でしか見ていない。少しでも不安があれば、先手を打って相手を押さえ込もうとする。


かつて、彼女が好きだった男の子が美月に微笑んだだけで、美月が誘惑したと思い込み、告白に失敗した怒りを無実の相手にぶつけた。


自分がしたいじめが間違いだったと分かっていながら、反省はせず、被害者に黙っていろと脅すだけ。


美月は蕾から瑠奈の境遇を聞いていた。彼女は佐藤家で冷遇されているで、長い間海外に追いやられてきた。九条家に嫁ぐことが、家族の中で唯一誇れる道なのだ。


彼女こそ、真実が明るみに出るのを一番恐れている。


美月の胸に怒りがこみ上げた。


なぜ、加害者がのうのうと生き、今になっても堂々と自分に黙れと迫るのか?


美月は、もうあの頃のように一人で怯えている存在ではない。


「本当は、昔のことなんてどうでもよかったのに。」美月ははっきりと言った。「でも、わざわざ私を脅しに来るから。九条家が、元いじめ加害者の嫁を受け入れると思う?」


瑠奈の顔色が変わった。「美月!司の力を借りてるからって、私が怖いとでも思ってるの?」


「私に手を出す?」美月は冷笑した。「法律ぐらい考えろよ。人を消すなんて立派な犯罪だろう。あなたの家が一度守っても、二度目は無理だと思うけど。」


「いい加減にしなさい!」瑠奈はついに逆上し、美月の頬を平手打ちしようと手を振り上げた。「どんなに強がっても、どうせ私のことが怖いくせに!」


だが、その手首は空中で美月にしっかりと止められた。次の瞬間、美月は反対の手で振り抜いた——


「パチン!」


乾いた音が響き、瑠奈の頬に真っ赤な手形が浮かんだ。


彼女はショックと怒りで暴れようとしたが、美月の力は想像以上だった。


「言い忘れてたけど、」美月は手を放し、冷たい目で見つめた。「ボクシングを習ってたの。あなたみたいなの、三人でも五人でも相手になるわ。これ以上ふざけたことをしたら、ただの平手打ちじゃ済まないから。」


そう言い残し、美月は背を向けて立ち去った。その一撃で、長年抱えていた恐怖が一気に消えた気がした。


だが瑠奈は、美月が誰かに訴えに行くと思ったのか、慌てて追いすがり、美月の服の袖を乱暴に掴んだ。「待って!まだ話は終わってない!」


「話すことなんてないわ。法廷で会いたいなら別だけど!」美月は振り払おうとした。


二人はプールサイドで揉みあいになった。


「行かせない!」


「離して!ここで騒ぎを起こしたいの?」


「騒ぎたいのはあんたでしょ!私の結婚を壊す気ね!」


もみ合ううちに、瑠奈の足元がすべり、そのまま後ろへ倒れ込んだ——背後にはプールが!


美月は思わず身を引いた。


パニックになった瑠奈は、最後の頼みとばかりに美月の手首をしがみついて離さなかった。


大きな力に引っ張られ——


「ドボン!」

「ドボン!」


水しぶきが上がり、二人は同時に冷たいプールに落ちた!


全身が凍えるような冷たさに包まれ、美月はなすすべもなく沈んでいった。水中で息ができず、あの日の絶望が蘇った。


巨大な恐怖が胸を締めつけ、身体から力が抜け、冷たい水に飲み込まれていった……

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