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第61話 一緒に寝て

特別個室のベッドは二メートルほどの幅があり、司は美月を腕の中に抱き寄せて静かに寄り添っていた。


いつの間にか夕方まで眠り込んでいた司は、ふいに目を覚ました。


美月の手の甲に刺さっていた点滴の針は、気づかぬうちに抜かれていた。彼女はすっかり司の胸元に丸くなっていて、下がっていた体温がまた上がっているようだった。


少しだけ目を開けたまま、彼女は司を押しやりながら、無意識に襟元を引っ張った。


「司、暑いよ……」


司は慌ててナースコールを押し、医師を呼んだ。診察の結果、医師は「体温の上下はよくあることです。今は薬や点滴は必要ありません。物理的に冷やしましょう」とだけ伝えた。


医師が出ていくと、司はぬるま湯で美月の体をやさしく拭いてやった。ほどなくして美月の熱も少し下がり、落ち着いた寝息をたて始めた。さきほどのように苦しそうな様子はもう見られなかった。


司は使ったタオルを片付けようとしたが、ベッドの上の美月がふいに彼の腕を掴んだ。


眠気の中で気持ちいいものに触れたからか、美月は司の腕を指でなぞった。「司の手、冷たくて気持ちいい」


彼女は目を開けることなく、本能的に気持ちのいいものに寄り添ってきた。手だけでは足りず、少しずつベッドの端へと体を動かし、ついに顔を司の手に押し付けてきた。


誰が隣にいるのかも分からず、無防備なままだ。ぼんやりと司を見上げると、「司の体、冷たくて気持ちいい。こっちに来て、一緒に寝て」とせがんだ。


司の手からタオルが「ぱさっ」と床に落ちた。


美月の手を握り返し、冷たい掌でそっと彼女の頬に触れた。美月はうっとりと目を細めて、「冷たくて気持ちいい……暑いよ……」とつぶやいた。


司は身を屈めて彼女の額に手を当てた。熱はまた少し上がっているようだ。美月は司の腕をしっかり握って離さなかった。司はため息をつき、仕方なく布団をめくってベッドに戻った。


横になると、美月はすぐに司の胸元に潜り込んできた。司は、彼女が今は意識が朦朧としているのだと分かっていた——普段の美月なら絶対にこんなことはしないはずだ。


美月は司の脚に自分の脚を絡め、夢うつつのまま司のシャツのボタンを外し、手を胸元に滑らせた。「やっぱり司の体、冷たくて気持ちいい……」と甘えた声でつぶやいた。


司は思わず息を呑んだ。


たしかに自分は彼女より体温が低いかもしれないが、内側からは熱がこみ上げてくる。特に彼女の甘い声と熱い吐息が胸元にかかるたび、くすぐったくて、どうしようもなかった。


だが、司は身じろぎ一つせず、できるだけ美月が安らかに眠れるようにじっとしていた。


やがて美月は静かになり、規則正しい呼吸を始めた。だが司の呼吸は逆に荒くなっていった。何度も自分に「彼女は病人だ、何もしてはいけない」と言い聞かせるが、体は思うように冷めてくれなかった。


美月はまるで小さなストーブのように、司の体温を温めてしまった。


先に違和感を覚えたのは美月だった。少し目を覚ますと、さっきまでしがみついていた司の腕を今度は押し返してきた。「暑い、もう嫌……」とつぶやき、反対側へ転がっていった。


掛け布団がめくれて、もう少しでベッドから落ちそうになった。


「危ない」と司がすぐに彼女を引き戻し、しっかり腕の中に抱きとめた。「眠ればすぐに楽になるよ」


だが、美月は暑さに耐えられなくて司の腕から逃れようと、弱い力で彼を叩いた。司は仕方なく手を放した。


シャツを着直し、再び彼女の体を冷やしてやった。熱は少し下がったものの、美月はまだ「苦しい」と呟いていた。


司の表情が険しくなり、すぐさまリビングへと向かった。窓を大きく開け、冷たい風を思い切り浴びながら、体の熱を下げた。


そのまま窓辺に行き、拓海に電話をかけた。「瑠奈について調べてくれ。昔のいじめの証拠と証言者を探し出せ。それと佐藤家の事業も監視して、障害を増やしてやれ」


深夜にも関わらず、拓海はすぐに「わかった」と応じた。


司はさらに続けた。「明は今、会社のどこにいる?」


「総務部で、ほとんど何もしていない」


「海外支社に飛ばせ。できるだけ遠いところで、雑用をやらせろ。二度と九条グループで顔を見たくない」


「了解ー」


司は苛立ちを隠せず、美月が小早川家で受けた仕打ちを思い出した。「蕾の父親がうちのプロジェクトに入札している。外してしまえ。それから、会社の税務も調べておけ」


「ノープロブレム 」


すべての指示を終えた司は、ふと何かを思い出す。「それから、美穂の父親を昇進させてやってくれ」


今日、美穂は瑠奈の嘘を暴いてくれた。その恩は忘れない。美月に優しくしてくれる人には、報いたいし、彼女を傷つける者は絶対に許さない。


夜風は冷たいが、司の胸の奥の熱は消えなかった。タバコを取り出して火をつけようとしたが、美月が煙草の匂いを嫌うことを思い出した。ライターをしまい込んで、煙草を鼻先に近づけ、かすかな香りで胸の熱を少し鎮めた。


しばらく窓辺で冷気を浴び、体温が十分下がった頃合いを見計らって、司は病室に戻った。


ベッドの美月は依然として落ち着かない様子だ。司が彼女の額に手を当てると、美月は目を開けずに、再び司にすり寄った。「また冷たくなった。こっち来て!」と甘えた。


司は小さく笑い、「分かった」と答えた。


再びベッドに入り、彼女を腕に抱き寄せて、体温を下げてやった。美月はうっとりと彼に身を寄せ、「やっぱり司が一番落ち着く……」と呟いた。


だが、しばらくすると、また「暑い」と言い出した。司の体温も再び上がってしまった。


仕方なく司は何度も窓辺に行き、冷たい風で体を冷やしてはベッドに戻った。


そうして、美月が少しでも安らかに眠れるように、司は一晩中眠ることなく、何度も彼女のもとへ戻り続けたのだった。

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